人的資本経営とAI|開示の集計を人手でやらない仕組みと、指標を選ぶ前に決めること
有価証券報告書の提出前になると、人事部に数字の依頼が集まります。女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金差異。前年と同じ項目でも、集計は毎年ゼロから始まる。
人事システムから出したCSVを表計算に貼り、部署の統廃合を反映し、算定の対象から除く社員を手で外す。1人が2週間ほどかけて作り、翌年また同じことをします。
手順が人の作業として残っている限り、開示の項目が増えるたびに人事部の負荷が増えます。
この記事では、人的資本の開示で何が求められているかを整理したうえで、集計が毎年やり直しになる構造、AIで仕組みを組み立てる進め方、指標を選ぶ前に決めることを順に説明します。
記事の最後には、開示項目の集計手順を書き出すプロンプトを掲載しました。項目の定義を貼り付ければ、必要なデータと計算の手順が分解された形で出るので、仕組み化の設計図としてお使いください。
人的資本の開示は2023年3月期から義務になっている
まず制度の前提を確認します。金融商品取引法にもとづき有価証券報告書を提出する企業では、2023年3月31日以後に終了する事業年度から、人的資本に関する情報の記載が求められています。対象はおよそ4,000社です。
記載が求められるのは、人材育成方針と社内環境整備方針、そしてそれらに関する指標と目標。加えて、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金差異が記載事項に含まれます。
考え方の土台になっているのが、経済産業省の人材版伊藤レポート2.0です。3つの視点と5つの共通要素として整理されており、経営戦略と人材戦略の連動を出発点に置いています。
制度の説明はここまで。実務の負荷は、方針を書くところではなく数字を作るところに集中します。
人的資本の集計が毎年やり直しになる3つの理由
同じ項目を毎年出しているのに、作業が軽くならない。理由は3つあります。
理由1 項目の定義が社内の言葉に翻訳されていない
「管理職」が何を指すかは、会社によって違います。等級で決めるのか、役職で決めるのか、部下の有無で決めるのか。
定義が文書になっていないと、担当者は毎年その判断からやり直します。前任者がどう数えたかを議事録から探す作業が発生する。
理由2 組織の変更が集計に反映されていない
部署の統廃合や名称変更があると、前年のデータと単純に比べられなくなります。手作業で対応表を作り、旧組織を新組織に読み替える工程が毎年入ります。
理由3 除外する対象の判断が手作業に残っている
出向者、休職者、期中の入退社。算定に含めるかどうかの判断が、一覧を目で見ながら行われています。
3つに共通するのは、判断のルールが人の頭にあり、手順として書かれていないことです。書かれていないため、AIにもシステムにも渡せません。
人的資本の集計はAIで手順に落とすと社内に残る
3つの理由はいずれも、道具ではなく手順の問題。順番としては、ルールを文章にしてから仕組みに落とします。
リデザインワークのAX支援で、ある多店舗展開企業がたどった経路が参考になります。勤怠システムの大手サービスの導入を検討していましたが、AIツールを使った開発の勉強会と実践のフォローを経て、不要と判断しました。
要件定義とフロントエンドの設計を自分たちでできるようになり、システム化する最後の部分だけを当社に依頼する意思決定に変わっています。従来は要件定義だけでSIerに数百万を支払っていた。
人事が叩き台を自作できるようになると、要件定義の工数だけでなく、外注する範囲そのものが縮みます。人的資本の集計も構造は同じで、必要なのは大きなシステムではなく、定義と手順が書かれた集計の仕組みです。
集計の仕組みは、次の3層に分けると設計しやすい。
| 層 | 中身 | 誰が持つか |
|---|---|---|
| 定義 | 管理職の範囲、算定から除く対象、部署の対応表 | 人事が決めて文書にする |
| 集計 | 定義にもとづいて数える処理 | 仕組みに任せる |
| 説明 | 前年との差の理由、開示文の下書き | AIが下書きし人事が確定する |
1層目が決まっていれば、2層目は毎年同じ処理で済みます。毎年の作業が重い会社は、2層目を手でやっているのではなく、1層目が無いまま2層目をやっています。
人的資本経営の指標はAIの前に自社の課題で選ぶ
集計を軽くする話をしてきましたが、それより先に決めることがあります。何を開示するかです。
開示が求められる項目は決まっていますが、指標と目標として何を置くかは各社が決めます。ここで他社の開示例をならべて似た項目を選ぶと、集計だけが増えて経営の判断には使われません。
選ぶ基準は、経営戦略のうち人が制約になっている箇所と対応しているかどうか。3年後に事業を伸ばすために人材の何が足りないのかが先で、指標は後になります。
経営戦略と人事戦略のつなぎ方は人事戦略とはで整理しています。エンゲージメントを指標に含める場合の考え方は従業員エンゲージメントとはで扱っています。
人的資本の開示項目を集計手順に分解するプロンプト
定義と手順を書き出す作業は、AIに下書きさせると速くなる。次の指示文をそのまま貼り付けて使えます。
あなたは人事データの集計設計を支援するコンサルタントです。
以下の開示項目について、集計の手順を分解してください。
【開示する項目】
(例: 女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金差異)
【自社の前提】
(管理職の定義、等級の区分、出向者や休職者の扱いなど、決まっているものを記入)
【手元にあるデータ】
(人事システムから出せる項目を箇条書きで貼り付け)
出力の条件:
1. 項目ごとに、分子と分母に何を数えるかを定義してください。
2. 集計に必要なデータ項目を列挙し、手元にあるデータで足りるかを判定してください。
足りない項目は「追加で必要なデータ」として分けてください。
3. 算定から除く対象の判断が必要な箇所を特定し、
「〇〇の場合は含める/含めない」を決める必要がある論点として列挙してください。
4. 前年と比較するときに、組織変更で比較できなくなる箇所を指摘してください。
3番目の出力が、そのまま社内で決めるべき論点の一覧になります。ここを決めて文書にすると、翌年からの集計は同じ手順で回せます。
開示の集計を、毎年の手作業から外す
リデザインワークのAX支援では、人的資本の開示にかかる集計の設計について無料でご相談を承っています。現在の集計手順と手元のデータをお聞きして、定義として先に決めておく論点をご一緒に洗い出します。
人的資本経営とAIは定義を書いた分だけかみ合う
人的資本経営にAIを使うという話は、分析や予測から語られがちです。ところが実際に人事部の時間を奪っているのは、分析の手前にある集計のほうになります。
集計が重いのは、定義が書かれていないから。
管理職の範囲、除外する対象、部署の対応表。この3つを文書にするだけで、翌年の作業は数日に縮みます。人事部門の業務全体をどう軽くするかは人事DXの進め方で扱っています。






