人事DXの進め方|運用を軽くして浮いた力を事業成長へ再投資する
「うちも人事のDXを進めよう」。号令がかかり、勤怠システムを入れ替え、採用管理ツールを導入し、問い合わせ対応にチャットボットを置いた。半年後、たしかに入力の手間は減った。それでも人事の仕事そのものは、去年と大きく変わっていない。こんな手応えのなさを感じている担当者の方は、少なくありません。
どこで止まっているかが分かれば、次の一手は決まります。ツールを買い足す話から、業務の配分を変える話に議論が移り、人事の時間の使い方そのものが変わります。
この記事では、人事DXを「ツールを入れて効率化する」で終わらせないための進め方を、順を追って整理します。運用を軽くしたその先、生まれた余力を人材戦略へ再投資するところまでを設計するのが狙いです。
記事の後半には、自社の業務を定型・判断・創造の三層で仕分けるチェックリストを載せました。手元の業務一覧に当てはめれば、削る業務と増やす業務がその場で分かれます。
人事DXはツール導入で終わらせない取り組み
人事DXとは、デジタル技術で人事業務のやり方を見直し、人事部門が事業の成長に貢献する部門へと変えていく取り組みです。ツールの導入はその手段であって、目的ではありません。
ここを取り違えると、システムだけが増えて仕事は変わらない、という結果になります。大切なのは、技術で何を実現するかです。
経済産業省の「人材版伊藤レポート」でも、人材戦略を経営戦略と連動させることの重要性が示されています(出典:経済産業省「人材版伊藤レポート」)。人事DXのゴールは、この連動を担える人事をつくることにあります。
2022年の人材版伊藤レポート2.0では、この考え方がさらに具体化されました。人材をコストではなく資本として捉え、経営戦略と人材戦略を連動させる。これが人的資本経営。人事DXは、その担い手になるための時間を人事につくる取り組みだと位置づけると、投資の意味がはっきりします。
デジタル化と人事DXの違い
よく混同されますが、間には段階があります。
- 紙や手作業をデジタルに置き換える段階。履歴書を紙から電子に、申請をハンコからフォームに変える工程です。
- 業務の進め方そのものをデジタル前提で組み直す段階。申請から承認、台帳への反映までを一続きの流れにする、といった変更です。
- その結果として、人事部門の役割や、会社への貢献の仕方が変わる段階。ここまで来て初めて人事DXと呼べます。
多くの取り組みが1で止まり、2の途中で予算が尽きます。入力の手間は減ったのに仕事の中身が変わらない、という手応えのなさは、この段階の問題です。
自社がいまどの段階にいるかを言えるようにしておくと、次に何へ投資すべきかが決めやすくなります。
なぜ多くの人事DXは効率化で止まるのか
ツールを入れると、入力や集計といった作業は目に見えて楽になります。ここで満足してしまうのが、止まる原因です。
効率化は、あくまで入口。作業が楽になって空いた時間を、また別の作業で埋めてしまえば、人事の仕事の中身は変わりません。問うべきは、軽くなった運用で浮いた力を、次にどこへ向けるか。
この差が実際にどれだけ大きいかは、調査に表れています。『日本の人事部』が6,139社から回答を得た人事白書2025では、経営戦略と連動した人事、いわゆる戦略人事が機能していると答えた企業はわずか5.1%でした。
機能しない原因として最も多く挙がったのが、人事部門のリソースの問題で55.3%です。5年前の46.3%から増えており、状況はむしろ厳しくなっています。
つまり、多くの人事部門にとっての制約は、やる気でも構想でもなく、手が空いていないことです。だからこそ、運用を軽くして手を空けるところまでを人事DXの範囲に含めないと、話が前に進みません。
人事DXが止まる4つの詰まりどころ
止まり方には型がある。自社がどれに当てはまるかで、次の一手が変わります。
1. 人事データが散らばっている。採用は採用管理システム、勤怠は勤怠システム、評価はExcel、異動履歴は紙のファイル。同じ社員の情報が別々の場所にあり、突き合わせるだけで半日かかります。この状態では、分析どころか基本的な集計も手作業になります。
2. 紙とExcelが業務の前提になっている。申請書に押印し、Excelに転記し、別のExcelへ集計する。一つひとつは小さくても、月次で積み上がると相当な時間になります。しかも転記のたびに間違いが混じります。
3. 既存のシステムが変えにくい。長年使ってきた人事システムに独自の作り込みが積み重なり、手を入れると影響範囲が読めない。担当していた人がすでにいない、という場合もあります。
4. 経営や現場との温度差。人事は必要だと思っているが、経営から見ると後回しの投資に見える。現場からは、また新しいシステムを覚えるのかと受け取られる。
この4つのうち、着手のしやすさが一番高いのは2です。1と3は投資と時間がかかり、4は成果が出るまで動きません。軽い定型業務から手をつけて、目に見える時間を空けるところから始めるのが現実的な順番です。
そして、生成AIが効くのは主に2。転記や下書き、要約といった作業は、システムを入れ替えなくても軽くできます。1のデータ整理は、その次に取り組めば十分間に合います。
順番を逆にして、基盤を全部整えてから、と考えるほど着手は遠のきます。
業務を「定型・判断・創造」の三層で捉える
浮いた力の使い道を設計するには、まず自分たちの仕事を分けて見る必要があります。AX推進支援を行うリデザインワーク社では、業務を「定型・判断・創造」の三つの層で捉えます。
この三層は、業務にかけている時間を100%としたときの、おおよその内訳でもあります。目安は、定型(ルーティンの運用作業)が約70%、判断(都度の意思決定を伴う作業)が約20%、創造(新しい価値を生む企画的な仕事)が約10%です。この割合をとって「10-20-70」と呼ぶ考え方。
| 層 | 時間の目安 | 人事での例 | AIとの向き合い方 |
|---|---|---|---|
| 定型(手順が決まっていて、判断のいらない作業) | 約70% | 問い合わせの一次対応、書類チェック、データ入力 | 任せて軽くする。ここが再投資の原資になる |
| 判断(事実をもとに人が決める仕事) | 約20% | 評価の最終確認、面談での対応、例外処理 | 材料づくりをAIに任せ、決めるのは人が担う |
| 創造(まだ答えのない問いに取り組む仕事) | 約10% | 人材戦略、組織設計、抜擢や配置の企画 | 空いた時間を振り向ける先 |
日々の時間の多くは、いちばん上の定型に使われています。手元の業務をこの3つに当てはめてみると、どこに時間が偏っているかが目に見える形になります。
運用を軽くしやすいのは、いちばん量の多い定型の層。全体の約70%を占めるだけに、ここを効率化できれば生まれる余力も大きくなります。
この層が生成AIと相性がよいことは、国際機関の分析でも裏づけられています。
ILO(国際労働機関)が世界の職業ごとに生成AIの影響を推計した分析によれば、事務職はすべての職業のなかで最も影響を受けやすい職業でした。業務のおよそ4分の1が影響の大きい業務、半分以上が中程度の影響を受ける業務に分類されています。
人事の定型業務の多くは、まさにこの事務職の作業に含まれます。
同時に、この分析が示すもう一つの点。生成AIの影響の多くは、職業そのものをなくす自動化ではなく、業務の一部を肩代わりして人の仕事を組み替える拡張の方向に働く、という点です。ILOはこの二つを明確に区別したうえで、拡張のほうがはるかに広く起きると結論づけています。
人事の仕事がなくなるのではなく、時間の使い方が変わる。この前提に立つと、次に問うべきことは一つになります。
そして再投資したいのは、まだ全体の1割ほどしか使えていない創造の層です。いちばん手がつけられていないのに、事業への効き目が大きい仕事です。
運用を軽くして浮いた約70%の力を、いかに約10%の創造へ向け直すか。ここが人事DXの成否を分けます。
ここで効くのが、人の力とAIの力をひとつの労働力として捉え、どの業務をどちらに割り振るかを設計する発想です。人材を配置するように、AIも「どの業務に使うか」を設計する考え方(AIRM、AI Resource Management)を持つと、線の引き方がぶれません。
この割り振りを決めないまま自動化を進めると、浮いた時間はまた定型業務に戻ってしまいます。
人事DXの進め方 4ステップ
- 棚卸し: 対象業務を洗い出し、定型・判断・創造に仕分ける。どこに時間が偏っているかを可視化します。
- 設計: どの作業をAIや自動化に任せ、どこを人に残すかの線を引き、判断の基準を言葉にします。あわせて着手の順番も決めます。効果の大きさと着手のしやすさで業務を並べれば、限られた工数を効く順に使えます。
- 実装: 生成AIの導入は、小さく始めるのが定石です。まず2〜3業務で試し、現場で回る状態をつくってから広げます。この生成AI導入のステップを踏むと、ツールの乱立と手戻りを避けられます。
- 再投資: 軽くなって生まれた余力を、創造の層へ振り向けます。ここが人事DXの本番です。
2の設計でとくに注意したいのが、評価や採用の合否のように、判断を誤ると個人の不利益に直結する業務です。
ここは自動化の対象から外します。AIには材料をそろえるところまでを任せ、人が確認して確定させる工程を必ず残す。この設計をヒューマン・イン・ザ・ループと呼びます。
線を引くときは、任せる範囲だけでなく、誰がいつ確認するかまで一緒に決めておいてください。確認する人が決まっていない仕組みは、運用が始まると誰も確認しなくなります。
最初の棚卸しの具体的な進め方は、人事業務の棚卸しの記事で詳しく扱っています。
生まれた余力を人材戦略へ再投資する
効率化して終わる人事DXと、成果につながる人事DXの分かれ目は、この最後の一歩にあります。
再投資先は、たとえば事業部に入り込んで人と組織の課題を解くHRBPの動き、将来必要になる人材の要員計画、今いる人の学び直し(リスキリング)と成長業務への配置転換です。どれも、定型作業に追われている間は手がつかなかった仕事です。
人事DXは、この「やれていなかった重要な仕事」に人事が向き合う時間をつくる取り組みだと捉えると、進め方がぶれません。
人事制度の設計やAI活用推進の現場で見てきたのは、効率化だけを目的にした取り組みほど長続きしない、ということです。生まれた余力の向かう先があるチームほど、変化が続きます。
自社業務を10-20-70で仕分けるチェックリスト
明日から使えるように、仕分けの判断基準をまとめました。手元の業務を一つずつ当てはめてみてください。
- 定型の見分け方: 手順書だけで新人でも回せるか。判断の余地がほぼないなら定型です。自動化の候補になります。
- 判断の見分け方: 事実を見て人が決める必要があるか。基準はあるが当てはめは人がやるなら判断です。基準を言葉にしてAIで補助します。
- 創造の見分け方: 決まった答えがなく、問いを立てるところから始まるか。事業や組織を動かす仕事なら創造です。ここに人と時間を再投資します。
- 迷ったとき: 「この仕事が明日なくなったら事業は困るか」で見ます。困らないなら定型寄り、困るなら判断か創造です。
三つに仕分けたら、定型に使っている時間を書き出してみてください。そこが、再投資の原資になります。
なお、どの業務から着手し、浮いた力をどこへ振り向けるかについては、リデザインワークのAX支援でも無料でご相談を承っています。
人事DXの事例は「その後に何をしたか」で読む
各社の事例を調べると、大企業が人事情報を一元化した、評価をシステム化した、といった話が並びます。参考にはなりますが、読むときに一つ注意があります。
多くの事例は、可視化できたところで記事が終わっています。データが一つにまとまり、ダッシュボードで見えるようになりました、というところまでです。
人事DXの本題はその先にあります。見えるようになった結果、どの意思決定が変わったのか。誰の配置が変わり、どの施策をやめたのか。ここが書かれていない事例は、まだ道半ばだと考えたほうが正確です。
事例を読むときは、次の3点を探してください。
- その取り組みで、何時間が空いたのか
- 空いた時間を、具体的に何へ使ったのか
- 結果として、人事の仕事のどれをやめたのか
3つ目まで書かれている事例は多くありません。裏を返せば、ここまで設計できれば差がつくということです。
実際の現場では、給与や勤怠、問い合わせ対応といった定型の多い業務から着手する例が多く見られます。ある大手企業では、給与関連の作業を機械判定・AI補助・人の確認に仕分け直し、例外だけを人が見る形にしました。空いた工数は、より上流の企画業務へ振り向けています。
ツールから入る場合も、増やす前に足すものを1つに絞ってください。勤怠、労務、給与計算、採用管理、タレントマネジメント。人事の周辺には製品が多く、どれも部分的には便利です。ただ、システムが増えるほどデータは分かれ、1つ目の詰まりどころが深くなります。
自社に合う進め方が分からないときは、外部の力を借りる選択肢もあります。どんな支援会社を選べばよいかはDXコンサルの選び方を、Copilotなど手元のツールでの始め方は人事でのCopilot活用を参考にしてください。
効率化の先にある人事の本来の仕事
人事DXは、ツールを入れれば終わりではありません。定型の運用を軽くし、そこで生まれた余力を、これまで手がつかなかった判断と創造の仕事へ振り向ける。ここまで進めて初めて、人事は事業の成長に効く部門に変わります。
出発点は、いつも同じです。手元の業務を定型・判断・創造に仕分け、どこに時間が偏っているかを目に見える形にすること。その最初の一歩の進め方は、人事業務の棚卸しの記事で具体的に扱っています。







