業務棚卸しをAIで進める|音声で喋って任せる業務を洗い出す手順
「業務を棚卸ししてください」と部下に頼んで、二週間たっても全然進んでいなかった。そんな経験のある方は少なくないはずです。
部下本人にやる気がないわけではありません。日々の仕事を止めて、普段行っている業務を構造的に整理する作業が想像以上に重いのです。
また、業務効率化を目的にAIを導入する会社は増えています。中小企業がAIに期待することの第一位は業務効率化で、8割を超えるという調査もあります。
ところが、その手前にある業務棚卸しが進まないために、どの仕事をAIに任せればいいのかが決められないまま止まってしまう。我々リデザインワークが相談を受ける際に、よく見かける詰まり方です。
そこで、この記事では、その棚卸しそのものをAIで進める方法を扱います。まず棚卸しが難しい理由を二つに分けて整理し、そのうえで、誰でも同じ粒度で業務を分解できる5つの観点と、書く代わりに音声で喋って任せるやり方を、順に説明します。
この記事を読み終えると、担当者に長い作業をお願いしなくても、一つの業務あたり数分の音声入力で、AIに任せる範囲と人が確認する範囲まで見える棚卸しの進め方が分かります。
さらに、記事の後半には、喋った内容をそのまま5つの観点に整理させるプロンプトも載せました。手元の業務を一つ選んで音声入力し、このプロンプトを貼り付ければ、その場で一枚の分解表が出てきます。着手する業務を選ぶ材料としてお使いください。
業務棚卸しが進まない理由は大きく二つ
進め方の話に入る前に、なぜ棚卸しが止まるのかを押さえておきます。ここを担当者のやる気の問題にすると、打ち手は催促と締切の再設定しか出てきません。
そもそも業務棚卸しは、難しい作業です。理由は大きく二つあります。一つは、棚卸しが複合的なスキルを要求すること。もう一つは、それを構造的に記述するのに工数がかかることです。
理由① 業務棚卸しは複合的なスキルを要求する
普段の業務は、手を動かしていれば進みます。ところが棚卸しは、自分の業務を対象として観察し、構造に整理し直す作業。そのため、少なくとも次の3つのスキルが同時に必要になります。
- ロジカルシンキングスキル 水準(粒度)をそろえて情報を構造的に整理する力。順番・共通項・違い・並列・抽象と具体・原因と結果といった関係性を見つけ出して並べ直す。
- 業務プロセス分解スキル 業務を工程に分けて捉える力。どんな情報から始まり(input)、どう処理し(throughput)、何ができあがれば終わりか(output)の順に、一つの業務を分けて並べる。
- 暗黙知の言語化スキル 無意識にやっていることを言葉にする力。判断の基準や例外への対応など、誰にも教わらず自分で決めた手順を思い出して書き出す。
そして、この3つはいずれも普段の業務では使いません。むしろ業務に習熟しているほど手順は習慣になっていて、なぜそうしているのかを意識しないまま処理できてしまいます。「いつもやっていることなのに、書こうとすると出てこない」のは、担当者の能力ではなく、この構造に理由があります。
理由② 業務を文章に書き起こす工数がかかる
もう一つは、単純に手間です。頭の中で整理できたとしても、それをキーボードで表に打ち込むには時間がかかります。しかも、書きながら「この粒度でいいのか」「この順番でいいのか」と考え直すため、一行進むたびに手が止まります。
一つの業務を書き出すのに10分かかるとすれば、20業務で3時間を超えます。しかもこの3時間は、日々の業務の合間に捻出することになります。
締切のある目の前の仕事が当然に優先されるため、棚卸しは後回しになります。二週間たっても進んでいないのは、やる気の問題ではなく、単純に時間を確保できていないからです。
業務棚卸しで「請求書のチェック」の一行が書けない理由
この二つの理由を、実際の業務に当てはめてみます。
業務棚卸しとは、日々の仕事を一つずつ書き出し、頻度や所要時間、判断の内容で整理して全体像を見えるようにする作業です。このうち「請求書のチェック」と一行書くところまでは、多くの人が進められます。止まるのは、その先。
ところが、この一行をAIに任せられる形にするには、何と何を照合し、どうなったら間違いで、どこからは人が確認するのかまでを、言葉にしなければなりません。ここで、先ほどの3つのスキルが一度に要求されます。
まず、請求書と注文書のどちらを基準に見るのか、金額・日付・取引先名のどれから確認するのかを、同じ粒度で並べ直す必要があります(ロジカルシンキングスキル)。
次に、どのファイルを開き、何と突き合わせ、何がそろえば支払処理に回してよいのかという順に、業務を工程へ分ける必要があります(業務プロセス分解スキル)。
そして、「三万円未満の差額なら自分で直して通している」といった、誰に教わったわけでもない自分ルールを、思い出して書き出す必要があります(暗黙知の言語化スキル)。
そのため、ここを飛ばして書いた一覧は、眺めても「で、どれをAIに渡せるのか」が判断できません。
しかも、ここまでを書き終えても、まだ一行分です。同じ作業が、担当している業務の数だけ残っています。表を開いては閉じるうちに二週間が過ぎるのは、自然な成り行きです。
つまり棚卸しの本当の負荷は、業務の数を並べることではなく、一つひとつの業務を判断の手順まで言葉にすることにあります。したがって、スキルと工数という二つの負荷を外から減らしてやれば、棚卸しは進みます。
AIに渡す5つの観点に沿えば誰でも同じ粒度で分解できる
では、この二つの理由をどう取り除くか。まずは、一つ目の理由だったスキルの問題から解決します。
構造を整理するスキルが必要になるのは、何を書けばいいかが決まっていないからです。であれば、書く項目をあらかじめ決めてしまえば、関係性を自分で見つけ出す必要はなくなります。その項目が、次の5つの観点。
- 業務概要 そのチェックの目的(何のために、何を確かめているか)
- 参照箇所 比べる元と先のファイル名やシート名、該当する行や列
- 判断条件 どうなれば正常・異常(間違い)・要確認(人が見る)か、のルール
- 判断(分岐) 条件に合うか合わないか、閾値を超えたときに何を決めるか
- 後続処理 結果に応じた次の動き(修正・保留・通知・次工程へ渡す)
この5つは、照合やチェックといった定型業務を、AIに渡せる粒度まで分解するための最小の項目です。しかも、上から順に答えていくだけで、目的・見る場所・判断のルール・分岐・次の動きが、この順番どおりに埋まります。そのため、ロジカルシンキングに自信がなくても、業務を同じ粒度で分解できます。
実際にAIが返してくる分解結果は、次のような形になります。
| 観点 | 記入例(請求書と注文書の金額照合) |
|---|---|
| 業務概要 | 請求書の金額が注文書と一致しているかを確認し、支払処理に回してよいか判断する |
| 参照箇所 | 請求書PDFの「合計金額」、注文管理表の「発注金額」列 |
| 判断条件 | 金額が一致すれば正常、不一致は異常、注文書が見つからない場合は要確認 |
| 判断(分岐) | 一致は承認へ、不一致は差額を明記して差し戻し、要確認は担当者へ回す |
| 後続処理 | 承認分は支払一覧へ転記、差し戻し分は取引先へ連絡、要確認分は保留リストへ |
一つの業務を分解して、この表が一枚埋まる。これを任せたい業務の分だけ繰り返せば、棚卸しの中身が実装できる粒度でそろっていきます。
業務棚卸しを打ち込む手間は音声入力でなくす
ただし、5つの観点で解決するのは一つ目の理由だけです。二つ目の理由だった工数、つまり書き起こす手間は、そのまま残ります。
書く項目が決まっても、それを打ち込む時間が短くなるわけではないからです。むしろ「観点に沿って正しく書かなければ」と身構えるぶん、白紙の表より重く感じることさえあります。
そこで、キーボードでつらつら打ち込むのをやめて、音声入力を使いましょう。理由は単純で、話す方が速く、考えながら出せるからです。
頭の中にある手順は、文章にしようとすると出てこなくなります。文末をどうするか、順番はこれでいいかと気にした瞬間に、手が止まるからです。ところが、同じ内容を口に出すだけなら、後輩に仕事を教えるときの説明そのままで出てきます。
具体的には、任せたい業務を一つ選び、その進め方を普段の言葉で喋ります。スマートフォンやパソコンの音声入力で構いません。「まず経理システムから請求データを開いて、注文書のこの列と金額を突き合わせて、違っていたら担当に差し戻して」という具合に、思いつくままで大丈夫です。
きれいにまとめる必要はありません。喋った雑多な内容を、AIが5つの観点に整理してくれます。
言い忘れた観点はAIに聞き返させる
とはいえ、観点を一覧で渡すだけでは、喋り忘れた項目が空欄のまま残ります。従来のやり方では、その空欄に自分で気づいて、思い出しながら埋め直す必要がありました。ここで効いてくるのが、3つ目の暗黙知の言語化。無意識にやっていることは、そもそも言い忘れたこと自体に気づけません。
ところが、プロンプトに「5つの観点で埋まらないところがあれば、AIの側から質問して」と指示しておくと、AIが足りない情報を聞き返してくれます。
たとえば判断条件を言い忘れたときに、AIが「金額が一致しなかった場合、いくら以上の差なら差し戻しますか」と聞き返してくる。担当者は、その問いに口頭で答えるだけです。
つまり「空欄を自分で見つけて埋め直す」手間が、「AIの問いに答える」軽い作業に変わります。うまく喋れなくても、やり取りしているうちに抜け漏れが埋まっていきます。
ここまでをまとめたプロンプトが次です。任せたい業務を音声入力したあと、このまま貼り付けて使えます。
音声入力のテキストから各要素を抽出・整理する際は、以下の5つの観点で整理・分解を進めてください。
業務分解の5つの観点
• 業務概要: そのチェック作業の目的(何のために、何を検証しているのか)
• 参照箇所(ファイル・行名/列名): データの比較元・比較先となるファイル名やシート名、該当する項目(行タイトル・列名)
• 判断条件(ルール・ロジック): どのような条件を満たせば「正常」でどうなれば「異常(間違いあり)」、「要確認(人による確認が必要)」とするかの明確なロジック
• 判断(分岐): 条件の一致・不一致や、閾値を超えた際に行う意思決定の内容
• 後続処理: チェック結果に応じた次のアクション(修正、保留、通知、次行程へのデータ引き渡しなど)
なお、5観点で不足している観点があったら、聞き返して。
音声入力とAIで一つの業務を分解する6ステップ
ここまでの内容を、着手の手順として並べておきます。全部署を一度にやろうとせず、一つの業務から始めるのが続けるコツ。
- 任せたい業務を一つ選ぶ。頻度が高く、判断がルールで書けそうな定型業務が向きます。
- その進め方を音声で喋る。後輩に教えるつもりで、思いつく順に話して構いません。
- 喋ったテキストに、上のプロンプトを付けてAIに渡す。
- AIの聞き返しに口頭で答え、5つの観点を埋める。
- 出てきた5観点を、業務ごとに一枚の表として残す。表の列の決め方は業務棚卸しフォーマットの列設計にまとめています。
- 次の業務で1から繰り返す。
一つの業務は、慣れれば数分で一枚になります。一週間で数件も回せば、任せられる業務とその範囲が、目に見える形でたまっていきます。
5つの観点を埋めるとAIに任せる範囲まで決まる
最後に、埋めた5観点が棚卸しの先で何に効くのかを説明します。
5つの観点がそろうと、棚卸しの一覧が手に入るだけではありません。さらに、どこまでの業務をAIが判断できるのか、どこからは人間が確認する必要があるのか、という役割分担が明確になります。
判断条件がルールとして書ける部分は、金額の一致や日付の前後のように条件で白黒がつくため、AIに任せられます。一方、要確認に振り分けた分岐や、例外への対応は人が担当します。5観点を埋める作業が、この線引きを兼ねています。
さらに、業務をAIに置き換えていく取り組み、いわゆるAX(AI Transformation)を進めるときには、この5つがそのまま実装時の指示内容になります。
何を見て(参照箇所)、どう判断し(判断条件)、分かれたら何をするか(判断・後続処理)。つまり、棚卸しで書き出したものが、そのまま次の設計の材料になります。
逆に、ここを押さえないまま導入を進めると、後から作り直すことになります。判断条件を決めずに任せた業務は、例外が出るたびに人が確認することになり、結局は手作業に戻ります。任せる範囲の線を後から引き直すのは、最初に引くよりもはるかに高くつきます。
なお、音声入力とAIを実際の業務に組み込む進め方については、リデザインワークのAX支援でも無料でご相談を承っています。
完璧な一覧を最初から目指す必要はありません。まず喋って叩き台を出させ、あとから直しながら進める。この進め方であれば、二週間動かなかった棚卸しも前に進みます。
なお、棚卸しの列の作り方や、任せる業務と人が残す業務の線引きは、業務の棚卸しから始めるAXでも具体的に扱っています。






