エンゲージメントサーベイの匿名性とは|回答がバレる4つの経路と、最小集計人数・自由記述の対策
回答画面の冒頭には「このサーベイは匿名です」と書いてある。けれど自分の課は6人で、結果は部署ごとに出ると聞いた。自由記述の欄に先月の会議で感じたことを書きかけて、課長が読めば自分だと分かるのではないかと手が止まる。
匿名でも回答がバレるのか、という回答する側の疑問に先に答えると、回答者が推測される経路はあります。回答時の記録、少人数の部署の集計、属性の掛け合わせ、自由記述の書きぶりの4つです。
確認すべきは匿名という言葉より、会社が何人以上の集計を見るのかと、自由記述の原文を誰が読むのかの2点です。案内に書かれていなければ、回答する前に人事の担当者へ確認できます。
回答が誰かに見られることへの不安は、サーベイへの不満の理由にも表れている。
組織サーベイを利用する会社の従業員と人事396人に聞いた株式会社スタメンの調査(2024年10月実施、日本の人事部の掲載記事)では、満足していないと答えた人に理由を聞くと、「回答結果を管理職や人事に見られることが嫌だと感じるから」が3番目に多く挙がりました。
上位2つの理由に比べると、割合は大きくありません。それでも、この不安を抱えたまま答えた回答では無難な選択肢が選ばれやすく、部署の課題が数字に表れにくくなる。人事の担当者が匿名性の設計を後回しにできない理由はここにあります。
人事の担当者がこの記事を読み終えると、自社のサーベイで回答者が特定される経路を4つ点検し、集計の最小人数と自由記述の扱いを決め、社員への説明文まで用意できます。匿名の意味、特定される4つの経路、最小集計人数の基準、自由記述の扱い、本音が出る設問文、社員への説明文の順に説明する。
記事の後半には、集める属性と部署ごとの人数、自由記述の設問を貼り付けると、回答者が特定されうる組み合わせと説明文の下書きが出るAIへの指示文を載せました。匿名にするかどうかを含め、実施の前に決める項目の全体はエンゲージメントサーベイとはで整理しています。
エンゲージメントサーベイの匿名とは会社が個人の回答を見ないこと
4つの経路に入る前に、匿名という言葉が何を指すかを確認します。社内では、名前を取らない調査と、名前は取るが会社には見せない調査が、どちらも匿名と呼ばれることがあるためです。
エンゲージメントサーベイの匿名とは、誰が何と答えたかという個人の回答を、会社が見ない形で実施することです。実施の方式は次の3つに分かれる。
| 方式 | 回答者の記録 | 会社が見るもの | 分析できること |
|---|---|---|---|
| 無記名 | 名前も社員番号も記録しない | 全体の集計 | 回答画面で聞いた属性ごとの集計 |
| 記名で回収し集計だけを見せる | ツールの中で社員番号と人事データを結びつける | 一定の人数以上の集計 | 部署・階層・勤続年数ごとの集計と前回比 |
| 記名 | 名前と回答を会社が持つ | 個人の回答 | 個人ごとのフォロー |
部署や階層ごとの差を人事データで集計するには、2つ目の、記名で回収し集計だけを見せる方式になります。この方式は厳密には匿名ではなく、回答を外に出さない機密の扱いです。サーベイツールのQualtricsのヘルプにも「機密性は、以前は匿名性と呼ばれていました」とある。
匿名と記名の違いは、本音の出やすさと個別のフォローのどちらを取るかにあります。記名なら回答の低い社員に声をかけられる一方、回答は無難な内容になりやすい。
組織の課題を見つけることが目的なら、サーベイは記名で回収し集計だけを見せる方式で実施し、個別のフォローは1on1など別の場で行う組み合わせが成り立ちます。
エンゲージメントサーベイが匿名でも回答者が特定される4つの経路
個人の回答を会社が見ない方式でも、回答者が推測される経路は大きく4つあります。経路1は回答の記録、経路2と3は集計の出し方、経路4は回答の中身から生じます。
経路1 回答時に名前や回答時刻が記録されている
1つ目は、回答と一緒に記録される情報です。無記名のつもりで配信しても、ツールの既定の設定で記録されていることがある。
アンケートツールのSurveyMonkeyのヘルプには「Webリンクは、既定で、回答者のIPアドレスを記録します」とあり、招待メールで配信した結果には既定でメールアドレスとIPアドレスが含まれます。
Microsoft Formsにも、組織内の人だけが回答できる設定に、名前を記録するかどうかのチェックボックスがあります。
ただしMicrosoftのサポートは、名前を記録しない設定でも、少数の人だけに送った場合は質問と回答の内容から、タイムゾーンの違う人に送った場合は回答時刻から、回答者と回答を照合できる場合があるとしています。
同じ職場で誰がいつ回答していたかを知っている人がいれば、回答時刻は同じように手がかりになる。
経路2 少人数の部署の集計がそのまま表示される
2つ目は、人数の少ない部署の集計です。仮に、回答者が3人の課で、ある設問の平均が前回の4.0から3.0に下がったとします。3人の合計では3点下がっているので、1人が5から2に変えたとも読める。課長が最近の様子から、誰の回答かを思い浮かべる余地が生まれます。
経路3 属性を掛け合わせると人数が絞られる
3つ目は、属性の掛け合わせです。部署全体の人数は足りていても、性別や年代で分けると1つのグループが数人になる。Qualtricsの同じヘルプは、15人のチームに女性が2人しかいない場合、性別のフィルターを加えると女性一人ひとりの回答をかなり正確に推測できる、という例を挙げています。
人数の少ないグループを表示しなくても、ほかのグループと全体の数字が出ていれば、引き算で求められます。
仮に、ある部の回答者が12人で平均3.5、部の中の課Aが11人で平均3.7と表示されたとする。1人しかいない課Bを表示していなくても、12×3.5から11×3.7を引くと1.3になり、課Bの1人の点数が分かります。
経路4 自由記述の書きぶりと出来事から書いた人が分かる
4つ目は自由記述です。「先月の会議で、新しい担当を説明なしに決められた」と書けば、その会議に出ていて担当が変わった人に絞られる。業務の固有名詞や役職名、普段の言い回しも手がかりになります。
スコアは何人分かを合わせた数字ですが、自由記述は1件だけでも中身が伝わる。人数の条件を満たしていても、書いた人が特定されることがあります。
4つの経路のうち、経路2と3は集計を表示する最小人数で、経路4は自由記述の扱いで防ぎます。経路1の記録の設定は、社員に説明する前の確認として後の節で扱う。
これらの経路を防ぐために、少人数の課や細かい属性の集計を出さないと決めると、点数の低い課を探す読み方はしにくくなります。それでも組織の課題は立てられる。社員にそう感じさせている構造から課題を立てれば、課ごとの点数がなくても議論できるからです。
その立て方を支援事例とあわせて解説したのが、資料『現場が動き出す組織課題の見つけ方』です。
なお、自社のサーベイで回答者が特定されないかの点検は、リデザインワークのサーベイ活用支援でも無料でご相談を承っています。
最小集計人数はストレスチェック指針の10人とツール標準の5人を参考に決める
経路2の少人数の部署と、経路3の属性の掛け合わせを防ぐ中心は、集計を表示する最小人数、つまり最小集計人数です。エンゲージメントサーベイには、この人数を定めた法令がありません。参考になる公開された基準は次のとおりです。
| 基準 | 人数 | 対象 |
|---|---|---|
| 厚生労働省のストレスチェック指針 | 10人を下回る集団は、全員の同意がなければ結果を事業者に提供しない | ストレスチェックの集団ごとの分析 |
| Viva Glintの標準の設定 | 回答者5人以上でスコアを表示する | 部署などのグループのスコア |
| Viva Glintの標準の設定 | 回答者10人以上でコメントを表示する | 自由記述 |
厚生労働省のストレスチェック指針は、集計・分析の単位が10人を下回る場合、対象となる全員の同意がない限り、集団ごとの結果を事業者に提供してはならないとしています。個人が特定されるおそれのない方法で集計した場合は別ですが、その手法と集団の規模は衛生委員会などで事前に審議する必要がある。
MicrosoftのサーベイツールのViva Glintの公式ガイドは、標準の設定として、スコアは回答者5人、自由記述のコメントは回答者10人で表示するとしています。
どちらを採るかは、部署の人数の分布で決めます。前回の回答者数を課ごとに並べ、5人と10人のそれぞれで結果を出せない課がいくつになるかを数える。迷う場合は、スコアは5人、自由記述は10人を出発点にし、ストレスチェックの集団分析と同じ単位で結果を並べるなら10人に合わせます。
人数を決めたら、運用で次の5つを守ります。
- 人数は回答者の数で判定する 対象者が12人の課でも、回答が4人なら表示しない
- 満たない課は上位の組織と合算する 課の結果は部の結果に含め、課の単独では出さない
- 満たないグループが1つだけなら次に小さいグループも出さない 引き算で求められるのを防ぐ。QualtricsとViva Glintにも同じ考え方の処理がある
- 属性を掛け合わせた集計は回答者数を確認してから出す 性別や年代で分けたグループが最小人数を下回らないかを1つずつ確認する
- 組織変更と異動の後は人数を数え直す 前回は10人いた課が、今回は6人になっていることがある
4番目の、掛け合わせた集計の回答者数の確認は、ツールの保護機能だけに任せないほうが安全です。Qualtricsのヘルプも、複数のフィルターや内訳を併用する場合は「すべての間接的な計算シナリオから保護することはできません」としています。
属性を掛け合わせるときの人数の下限は、サーベイのクロス集計でも扱っている。
自由記述は回答者が特定されやすいため読む人と表示の条件を別に決める
経路4の自由記述は、最小人数を満たしていても特定されることがあるため、スコアとは別に扱いを決めます。決める項目は次の4つです。
- 表示する人数の条件をスコアより大きくする Viva Glintの標準では、スコアは5人、自由記述は10人
- 原文を読む人を人事の担当者に限る 何人が読むのかを社員にも伝える
- 管理職と経営には分類した要約と件数で渡す 個人名や特定の出来事は、要約の段階で除く
- 設問文で出来事の詳細を求めない 「具体的なエピソードを書いてください」とは聞かない
管理職と経営に渡す要約を生成AIで作る場合も、個人名や部署名を除いてから入力します。人事の業務で生成AIに入力してよい範囲は、人事部の生成AI導入で整理しています。
少人数のチームでは書きぶりから書いた人が推測できるという問題は、360度評価の匿名性でも同じように起きる。評価の場面での扱いは360度評価は時代遅れかで取り上げています。
匿名でも本音が出にくい設問文と直し方
集計と自由記述の扱いを決めても、設問文そのものが特定の不安を与えると、本音は出ません。匿名でも答えにくい設問は、次のように直す。
| 答えにくい設問 | 直した設問 | 直した理由 |
|---|---|---|
| 年齢と入社年を記入してください | 人事データから結びつけ、回答画面では聞かない | 属性を自分で書くと、特定されると感じやすい |
| 上司の〇〇さんに不満はありますか | 上司と業務の優先順位について話す機会がある | 個人名を出すと上司への評価に見え、低くつけにくい |
| 最近あった困った出来事を具体的に書いてください | 職場で変えてほしいことを1つ書いてください(個人名は書かない) | 出来事を書くと、書いた人が分かる |
| 会社を辞めたいと思ったことはありますか | 3年後もこの会社で働いていると思う | 回答が自分の処遇に響くと感じやすい |
4つに共通するのは、回答者自身や特定の人物を指す聞き方を、職場の事実を聞く設問に置き換えている点です。年齢や入社年のような属性は、記名で回収し集計だけを見せる方式なら、人事データから結びつけられます。無記名で実施する場合は、年齢を年代に、入社年を3区分程度にまとめて聞く。
設問の選び方の全体は、エンゲージメントサーベイの質問項目で扱っています。
エンゲージメントサーベイの匿名性を社員に説明する前の確認と案内文
設問文を整えたら、残る経路1の記録の設定を、社員への説明文を書く前に確認します。説明した内容と実際の設定が違えば、説明そのものが信頼を失うためです。確認するのは次の3点。
- 回答と一緒に記録される情報 名前・メールアドレス・IPアドレス・回答時刻のどれが残るか
- 社員番号つきの回答データを見られる人 人事の中で誰が何人見られるか
- 決めた最小集計人数と自由記述を読む人 スコアと自由記述それぞれの人数と、原文を読む担当者
3点を確認したら、配信の案内と回答画面の冒頭に、次のような説明文を載せます。
このサーベイでは、回答を社員番号で人事データと結びつけ、部署や階層ごとに集計します。
・回答データを扱うのは人事部の担当者2名だけで、個人の回答を集計以外には使いません
・結果は回答者が5人以上の集計だけを表示します。5人に満たない課は部の結果に含めます
・自由記述は回答者が10人以上の部署だけを表示の対象とし、原文は人事部の担当者2名だけが読みます
・回答の内容が、人事評価や処遇に使われることはありません
・自由記述には、個人名や特定の出来事を書かないでください
社員番号で結びつけているのに完全な匿名と案内すると、後からそれを知った社員の信頼を失います。冒頭で説明した3つの方式のどれで実施するのかを書き、何を記録し、何人以上の集計を見せるかを具体的に示すほうが、冒頭の6人の課の社員の疑問に答えられる。
人数や担当者の数は、自社で決めた値に置き換えてください。
エンゲージメントサーベイで回答者が特定されうる箇所をAIで洗い出す指示文
最小人数を決めても、属性の組み合わせと引き算の確認は手で行うと漏れが出ます。次の指示文に、集める属性と課ごとの人数を貼り付けると、確認の候補をAIに洗い出させられる。社員の氏名や回答そのものは貼り付けないでください。
あなたは人事部門でエンゲージメントサーベイを設計する担当者です。
次の情報をもとに、回答者が特定されるおそれのある箇所を洗い出してください。
【集計する属性】
(例)部・課・役職・年代・性別・勤続年数の区分・雇用区分
【課ごとの人数】
(部と課の名前、対象者数、前回の回答者数を表で貼り付け)
【自由記述の設問】
(設問文をそのまま貼り付け)
【回答の記録】
(例)社員番号で人事データと結びつける。回答時刻を記録する
【出力】
1. 最小集計人数を5人にした場合と10人にした場合に、結果を出せない課の一覧
2. 部の中に最小人数を満たさない課が1つだけあり、引き算で求められてしまう組み合わせ
3. 属性を2つ掛け合わせたとき、最小人数を下回るおそれのある組み合わせ
4. 自由記述の設問のうち、書いた人が特定されやすい設問と、その書き直し案
5. 社員に匿名性を説明する案内文の下書き
【注意】
・計算に使った人数を必ず併記し、人数が分からない箇所は「要確認」とする
・最小集計人数は社内で決める値なので、結論を出さずに5人と10人の両方を示す
結果を出せない課の一覧は、5人と10人のどちらを採るかを決める材料になります。引き算と掛け合わせの計算は、AIが人数を取り違えることがあるため、併記された人数を元の表と照合してから使ってください。
エンゲージメントサーベイの匿名は記録の設定と集計の人数で守る
匿名は、回答画面に書く一言では守れません。何を記録するか、何人以上の集計を見せるか、自由記述を誰が読むかを決め、決めた内容を社員に伝えて初めて、回答者は本音で答えられます。
まずは前回の回答者数を課ごとに並べ、5人と10人でそれぞれ結果を出せない課を数えてください。数えた結果から最小集計人数が決まれば、説明文に書く数字も決まります。結果が出た後に、点数の低い部署を責めずに原因を読む手順は、サーベイの決定木分析で扱っています。






