みなし残業(固定残業代)を人事制度に組み込む方法|等級別の時間設定と管理職との年収逆転の防ぎ方
「若手の残業代が毎月読めないので、みなし残業を入れたい」。人事制度の改定で、経営からこう求められることがある。ところが、どの等級に何時間分を付けるのか、管理職や専門職をどう扱うのかを詰めると、決める根拠が見つからない。
給与計算の手間を省く目的だけで入れると、問題が2つ起きます。法的な要件を満たさず、払ったはずの残業代が払ったと認められないこと。そして「30時間分払っているのだから30時間は働け」という運用が生まれ、早く仕事を終えた社員が評価されないことです。
みなし残業は、時間ではなく成果と効率を評価するという会社の方針を、社員に伝える人事戦略の道具です。この記事を読み終えると、法的な要件を満たしつつ、自社の等級ごとに何時間のみなし残業を置くかを決められる。
等級別の時間設定と設計時の3つの確認項目は、表で載せました。等級の定義から見直すなら、等級制度の作り方を先に読むと表をそのまま使えます。
みなし残業とは固定残業代制の通称で裁量労働制とは別の制度
みなし残業とは、一定時間分の残業代を定額で毎月の給与に含めて支払う固定残業代制の通称です。名前の似た事業場外みなし労働時間制(労働基準法第38条の2)と裁量労働制(第38条の3・第38条の4)は、労働時間を一定の時間とみなす制度で、別物です。
固定残業代制は賃金の払い方の1つであり、労働時間は実際の時間で数える。以下、みなし残業は固定残業代制を指します。
固定残業代が認められる2つの要件と差額の支払い
固定残業代が割増賃金の支払いと認められるには、最高裁判所の判決が示した2つの要件を満たし、不足した月は差額を支払う必要があります。
| 確認する点 | 判決が示した内容 | 最高裁判決 |
|---|---|---|
| 判別できること | 通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分とを判別できる | 2017年7月7日 |
| 時間外労働の対価であること | 契約書等の記載のほか、会社の説明の内容や実際の勤務状況も考慮して判断する | 2018年7月19日 |
| 差額を支払うこと | 割増賃金に当たる部分が法定の計算額を下回れば、会社が差額を支払う | 2017年7月7日 |
2020年の判決は、対価かどうかの判断では手当の名称や計算方法だけでなく、賃金体系全体における位置付けにも留意するとしました(最高裁 2020年3月30日判決)。みなし残業代は、賃金体系の中で説明がつくかまで問われる。人事制度の一部として設計する理由はここにあります。
募集では、厚生労働省のリーフレットが、募集要項や求人票に次の3点をすべて明示するよう求めています。
- 固定残業代を除いた基本給の額
- 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
- 固定残業時間を超える時間外労働・休日労働・深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨
固定残業代の時間は等級ごとに求める自律性で決める
次に決めるのは、どの等級に何時間分を付けるかです。基準は、業務の量と進め方を自分で決めることを、その等級にどこまで求めるか。リデザインワークが実務で置いている目安は次のとおりで、法律の基準ではありません。
| 等級の段階 | 求める働き方 | みなし残業の時間 |
|---|---|---|
| 若手・一般職 | 業務を覚える段階で、上司が時間を管理する | なし(実際の残業時間で精算)または10〜20時間 |
| 中堅・主任・専門職 | 業務の量と進め方を自分で決め、成果と効率を求められる | 20〜30時間 |
| 管理監督者 | 労働基準法第41条第2号の管理監督者 | 対象外。役職手当・職責給で処遇する |
中堅から時間を置くのは、成果と効率を求めるという期待を給与の形で伝えるためです。若手は実際の残業時間で精算したほうが、上司が働き方を把握できる。
管理監督者は労働時間・休憩・休日の規定が適用されないため、時間外と休日の割増賃金は対象外です(労働基準法第41条)。深夜の割増賃金は別で、最高裁は管理監督者も請求できると判断しています(最高裁 2009年12月18日判決)。
複線型人事制度では専門職の報酬にみなし残業代を組み込む
表の専門職の行は、管理職と専門職のコースを分ける複線型人事制度に当てはまります。
リデザインワークが複線型の人事制度を導入する企業を支援した際、専門性こそが競争優位であり、専門性を磨くインセンティブを働かせたいという要望を受けました。そこで専門職コースを設け、専門職の報酬にみなし残業代を組み込みました。
マネジメントをしなくても、生産性を高く保てば、職責給とみなし残業代で安定した高い年収を得られる。専門職のキャリアの魅力を報酬で示す設計です。処遇は役職でなく等級で上げるため、昇格と昇進の違いを社員に説明できるようにする。
ただし、年収が高くても判別は省けない。2017年の判決は、年俸1,700万円の医師でも、割増賃金に当たる部分が明らかでなければ残業代を払ったとは言えないとしました。
固定残業代は総支給額の20〜25%以内で月45時間を上限にする
次に、みなし残業代の大きさを決めます。総支給額を高く見せようと基本給を下げすぎると、社員の意欲が下がり、入社後のミスマッチも招く。リデザインワークの目安は、総支給額の20〜25%以内、時間にして30〜45時間分までです。
金額は時間数から計算します。基本給30万円のみ・月平均所定労働時間160時間の社員なら、時間外労働1時間あたりの割増賃金は割増率25%で約2,344円。30時間分は約7万円で総支給額の約19%、40時間分は約9.4万円で約24%です。
45時間分まで積むと約26%になり、この例では比率の目安を超える。時間と比率の両方の目安に収まるように決めます。
上限を45時間とするのは、36協定で延長できる時間外労働の原則の上限が月45時間・年360時間だからです(労働基準法第36条第4項)。これを超える時間分を給与に組み込めば、原則の上限を超える残業を前提にした賃金体系になる。
専門職の最上位等級の年収を管理職の最初の等級より低く設計する
大きさが決まったら、管理職と年収を比べます。専門職の最上位等級の年収(基本給・職責給・みなし残業代)が、管理職の最初の等級の年収(基本給・役職手当)を下回るように報酬テーブルを組みます。
専門職がみなし時間を超えて働いた月は差額が上乗せされる。そのため管理職の基本給と役職手当は、上乗せ分を含めても上回る水準に置きます。
管理職の最初の等級を管理監督者として扱う場合、逆転は意欲の問題にとどまりません。厚生労働省は、管理監督者に当たるかを役職名でなく実態で判断するとし、基準の1つに、給与や賞与などの待遇が一般の労働者と比べて相応であることを挙げています(パンフレット)。
専門職より年収の低い管理職は、この基準に照らして管理監督者と認められにくくなるおそれがある。昇格辞退の理由は管理職になりたくない理由で整理しました。
みなし残業で伝える評価の方針は時間ではなく成果と効率
報酬が決まっても、運用で方針が伝わらなければ効果は出ません。みなし残業では、みなし時間の範囲なら定時で帰っても給与は変わらない。生活残業で残業代を稼ぐ理由が減り、ツールの活用や手順の見直しで残業を減らした社員が報われます。
人事が注意すべきは、「30時間分払っているのだから30時間は働け」と考える現場の管理職です。みなし時間は残業の目標値ではありません。評価制度の運用マニュアルには、短時間で成果を出した社員をより高く評価すると明記する。
等級・評価・報酬をつなげて設計する手順は、人事評価制度の作り方で説明しています。
みなし残業の設計で確認する3項目は整合性・防衛性・納得性
ここまでの設計は、経営に諮る前に次の3つで確認する。
| 確認項目 | 確認する問い | 確認に使う資料 |
|---|---|---|
| 整合性 | その等級に求める自律性と、みなし残業の時間は合っているか | 等級定義と過去1年の等級別の残業時間 |
| 防衛性 | みなし時間を超えた月の差額支給のルールと、勤怠管理の体制は機能するか | 賃金規程・勤怠の記録・給与明細 |
| 納得性 | 専門職を選んだ社員が、管理職と比べて損をしていないと思える報酬額か | 専門職の最上位等級と管理職の最初の等級の年収 |
時間設定や年収の比較では、全等級の数字を何度も突き合わせる。人事評価制度の構築でAIに任せられる範囲と、人が引き取る判断を整理したのが、資料『AIで人事評価制度の構築はどこまで効率化できるか』です。
みなし残業は成果と効率を評価する人事制度の一部として設計する
みなし残業は、等級ごとに時間を決め、専門職には報酬の魅力として組み込み、管理職との逆転を防ぐ順に設計する。制度全体を見直す進め方は人事評価制度の見直しで扱っています。個別の制度の適法性は、社会保険労務士・弁護士への確認をおすすめします。
ここまで設計して初めて、みなし残業は、成果と効率を評価するという会社の方針を毎月の給与で伝える制度になります。






