AI推進担当者の役割とは|選び方・育て方と、号令と申請制度を整えても社内に広がらない理由
「社長からAIを使えと号令がかかり、推進担当に指名された。ツールも入れたし、利用の申請ルールも作った。それでも使っているのは、もともとAIに関心のある一部の社員だけ」。リデザインワークのAX支援でも、推進担当に任命された方からよく伺う話です。
推進を担う人材が足りないのは、多くの日本企業に共通しています。情報処理推進機構(IPA)の「DX動向2025」では、DXを推進する人材が不足している日本企業は85.1%。米国やドイツと比べて著しく高い水準でした。
ただし、人を任命すれば解決するわけではない。推進担当に何を任せるかを決めないまま任命すると、使い方の質問に答える係になり、業務は変わらないためです。
この記事を読み終えると、推進担当に何を任せ、誰を選び、最初の90日で何をさせるかを決められるようになります。役割、号令と申請制度を整えても活用が広がらない理由、向いている人の選び方、部門ごとに置く体制、最初の90日の計画の順に説明します。
記事の最後には、推進担当を任命するときに渡す役割定義のひな形を掲載しました。5つの項目を埋めて渡せば、任命した当日から、本人が何に時間を使えばよいかが決まる。
推進担当がすでにいて、それでも使われていない場合は、生成AIが定着しない理由で先に原因を確かめると早く進みます。
AI推進担当者とは部門の業務をAIで変える役割
役割の話に入る前に、推進担当の定義を確認します。推進担当という言葉は、ツールの管理者を指すこともあれば、社内の相談窓口を指すこともあるためです。
AI推進担当者とは、社内でAIを使える状態をつくり、担当する部門の業務の手順をAIを前提に書き換えていく役割です。
使い方を教える係ではありません。使い方の案内は研修やマニュアルで代わりが利きますが、業務の手順を書き換えることは、その業務を知る社内の人にしかできないからです。
号令と申請制度を整えても社内のAI活用が広がらない理由
推進担当を置く前に、多くの会社が先に整えるのが、経営の号令と利用の環境です。ところが、それだけでは活用は広がらない。
ある物流業の人事担当者から伺った例では、経営ボードからAIを積極的に活用するよう号令がかかり、社内のAIコンテストで活用のアイデアを集め、主要なツールの利用申請の制度も整っていました。それでも利用度には個人差があり、活用が深まっていません。
号令と申請制度がつくるのは「使ってよい」状態で、「業務の手順が変わる」状態ではありません。使ってよいと言われて動くのは、もともとAIに関心のある社員です。残りの社員は、自分の業務のどこで使えばよいのかが分からないまま、元の手順で仕事を続けます。
したがって、推進担当の仕事は使い方の案内ではなく、部門の業務の手順を書き換えるところに置く必要がある。使う人と使わない人の差は、この仕事が部門の中にあるかどうかで開きます。
手順のほかにも、現場の手を止める理由があります。役割を失う不安や、手を抜いていると見られる怖さです。こうした人と組織の理由と、その解き方まで整理したのが、資料『AIによる業務効率化が進まない理由 ~人・組織編~』です。
AI推進担当者の役割は5つ
では、推進担当は具体的に何をするのか。役割は次の5つに分かれます。
| 役割 | やること | 残すもの |
|---|---|---|
| 1 業務の棚卸しと対象の選定 | 部門の業務を洗い出し、AIに任せる業務を1つ選ぶ | 対象業務の一覧 |
| 2 手順の書き換え | 選んだ業務の手順を、AIを使う前提で書き直す | 新しい手順書 |
| 3 利用ルールの確認 | 入力してよい情報と禁止事項を、部門の業務に当てはめる | 部門向けの注意点 |
| 4 社内への展開 | 効果の出た手順を、同じ業務の担当者と他部門へ広げる | 事例と手順の共有 |
| 5 効果の測定と報告 | 削減した時間と、浮いた時間の使い道を経営へ報告する | 月次の報告 |
5つのうち、推進担当にしかできないのは1と2です。3は情報システム部門や法務と、4と5は全社の推進責任者と分担できる。業務の洗い出し方は業務棚卸しとはで、利用ルールの作り方は生成AI導入ガイドラインの作り方で扱っています。
AI推進担当者に向いている人は業務を知っている人
役割の中心が業務の書き換えにある以上、選ぶ基準も決まります。AIに詳しいかどうかより、その部門の業務を知っているかどうかで選びます。AIの操作は後から覚えられますが、業務の手順とその理由は、その部門で経験を積まないと分からないためです。
| 候補 | 強み | 注意点 |
|---|---|---|
| 各部門の中堅社員 | 業務の手順と例外を知っている | 本業の負荷が高く、時間を確保しないと動けない |
| 情報システム部門の担当者 | ツールの設定と社内システムに詳しい | 各部門の業務の中身までは知らない |
| 業務改善・経営企画の担当者 | 部門をまたいで業務を見られる | 現場の細かい手順は当事者に確かめる必要がある |
| 自主的にAIを使っている社員 | 意欲があり、使い方を知っている | 自分の業務の外へ広げた経験が少ない |
反対に、選ばないほうがよいのは次の3つに当たる人です。
- AIに詳しいが、担当する部門の業務を知らない
- 本人の意欲を確かめずに指名された
- 本業が埋まっていて、活動時間を確保できない
推進担当は全社に1人ではなく部門ごとに置く
誰を選ぶかと同じくらい重要なのが、何人置くかです。全社に1人の推進担当を置く形は始めやすい一方で、1人ではすべての部門の業務を知ることができない。業務を書き換えられるのは、その業務を知る人だけです。そのため、推進役は部門ごとに置くことになります。
ある医療機器メーカーの経営層から伺った方針も、この形でした。コンサルタントに任せきりにせず、社内でAIを使って業務効率化を進められる推進役を、各部門に育てる。グループ全体で一度に進めるのではなく、まず1社で実績を作ってから他社へ横展開する、という順番です。
体制は次の3層で組みます。
| 層 | 誰が | 役割 |
|---|---|---|
| 全社の推進責任者 | 経営直下の1人 | 対象部門の優先順位と予算を決め、成果を経営へ報告する |
| 部門の推進役 | 各部門に1人(兼任) | 部門の業務を棚卸しし、手順を書き換える |
| 外部の伴走 | 初期の3か月から6か月 | 最初の1業務を一緒に書き換え、推進役に手順を残す |
外部の支援は、推進役が1業務を書き換えきるまでに限るのが要点です。任せ続けると、社内に手順が残らない。外部の支援を卒業する設計は、生成AI活用の内製化で整理しています。
全社のAX戦略を人事の立場から描くときに押さえる観点を、立案のフレームワークまで含めて整理したのが、資料『全社AX戦略を人事から描く時の6つの観点』です。
なお、推進体制の組み方は、リデザインワークのAX支援でも無料でご相談を承っています。
AI推進担当者の最初の90日
任命したあとの90日で、推進役に何をさせるか。30日ずつの3つの期間に分け、各期間の終わりに判断を置きます。
| 仕事 | 1〜30日目 | 31〜60日目 | 61〜90日目 |
|---|---|---|---|
| 業務の書き換え | 部門の業務を棚卸しし、対象を1つ選ぶ | 対象業務の手順を書き換えて試す | 新しい手順で運用し、他の担当者へ広げる |
| 利用ルール | 入力してよい情報を部門の業務で確かめる | 試行で出た疑問をルールに足す | 部門向けの注意点を固める |
| 効果の測定 | 対象業務の今の所要時間を測る | 書き換え後の所要時間を測る | 浮いた時間の使い道を決め、経営へ報告する |
| 判断 | 30日目 対象業務を確定する | 60日目 本番に切り替えるかを決める | 90日目 次の業務と他部門への展開を決める |
今の所要時間は、書き換える前に測っておきます。書き換えたあとに遡って測ることはできず、効果を経営に説明できなくなるからです。
判断の日は、任命した日にカレンダーへ入れておく。期限がないと、推進の仕事は本業に押されて後回しになります。
任命するときに渡す役割定義のひな形
推進担当が動けない原因の多くは、任命の時点で決めていないことにあります。任命するときは、次の5項目を決めて本人に渡してください。
【AI推進担当 役割定義】
1. 目的 :何のためにAIを使うか
(例)月末の集計作業を半分にし、浮いた時間を分析に回す
2. 最初の対象業務:まず書き換える業務を1つ
(例)経費精算の確認
3. 活動時間 :本業のうち、どれだけをこの役割に充てるか
(例)週1日
4. 報告先と頻度:誰に、いつ報告するか
(例)全社の推進責任者へ月1回
5. 評価の扱い :この役割の成果を、本業の評価とどう合わせるか
5つ目の評価の扱いを決めずに任命すると、推進の仕事は評価されない余計な仕事になり、本業に押されて止まる。評価に直結させずに取り組みを認める方法は、AI活用が「楽をしている」と見られる職場で扱っています。
AI推進担当者の成果は書き換えた手順の数で決まる
AI推進担当者を置く目的は、社内のAIの利用率を上げることではありません。部門の業務の手順を書き換え、浮いた時間を次の仕事に回すことです。
そのために、業務を知る人を部門ごとに選び、任命の時点で目的・対象業務・活動時間・報告先・評価の扱いを決めて渡す。推進担当の成果は、答えた質問の数ではなく、書き換えた手順の数で測ります。







