
逸脱する人を支える組織のつくり方 ― マネージャーを孤立させない人事の役割|伊達洋駆氏 セミナーレポート
登壇:伊達 洋駆 氏(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役)
「この会議、こんなに人が集まる必要ってありますか?」
部下からこう言われて、一瞬イラッとした経験はないでしょうか。
その「イラッ」の背景には、自分が当たり前だと思っていた仕事の進め方を問い直すヒントが隠れているかもしれません。
2026年10月22日、リデザインワークでは、書籍『逸脱させるマネジメント 1人ひとりの「はみ出し」を育て、組織の成長に変える技術』(日本能率協会マネジメントセンター)の共著者である 伊達 洋駆 氏(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役) をお招きし、「逸脱する人を支える組織のつくり方 ― マネージャーを孤立させない人事の役割」をテーマにオンラインイベントを開催しました。
90分間のイベントでは、伊達さんのご講演に加え、少人数での対話や全体ディスカッション、チェックアウトを通じて、参加者の皆さんと一緒に「逸脱」を自分ごととして考えました。モデレーターはリデザインワークの笠間が務めました。
本記事では、講演と対話から見えた、逸脱を支えるマネジメントと人事の役割をお届けします。
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登壇者紹介
伊達 洋駆 氏(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役)
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。研究知見を読み解き、データで確かめ、施策に落とし込むコンサルティングを提供しており、企業人事向けの組織サーベイ・社内データ分析のほか、HR事業者向けのサービス開発支援も手がける。厚生労働省・経済産業省等でAIと働き方に関する委員等も務める。著書に『世界の研究者はマネジメントをどう分析しているのか』(労務行政)、『越境学習入門』『逸脱させるマネジメント』(いずれも石山恒貴氏との共著、日本能率協会マネジメントセンター)など。
1. 「逸脱」の再定義 ― 出発点は、まとまった提案ではなく小さな違和感
伊達さんはまず、ご自身の大学院生時代のエピソードから講演を始められました。
20代の頃の伊達さんは、既存の経営学の常識に違和感を抱き、その問題意識を指導教員にも率直にぶつける大学院生だったそうです。当時は東京での仕事もあり、ゼミを欠席することも少なくなかったといいます。
それでも指導教員は、そんな伊達さんの話に 「傑作やね」 と返し、周囲にも伊達さんの研究スタイルを説明し、支えてくれたそうです。
「今振り返ると、ずいぶん無茶なことをしてたな、自分だったら怒ってたかもなと思うような逸脱ぶりだったんですが、その時の先生は、自分の変わった発想を面白がってくれた。かつ、そこに私の強みを見出してくれたんです」
このように、本人の可能性を見出し、挑戦を支える存在を、書籍では 「伴走者」 と呼んでいます。そして、この伴走者の役割こそ、職場のマネージャーにとって大切なのではないか。それが本書の問題意識です。
「逸脱」は身勝手なルール違反を勧めるものではない
「逸脱」という言葉には、規則を破る、勝手なことをするといったネガティブな響きがあります。しかし、本書が勧めるのは、無責任にルールを破ったり、身勝手に反抗したりすることではありません。
伊達さんは、既存の枠組みや会社の常識に違和感を覚え、その違和感を課題として引き受け、解決に取り組んでいくことを「逸脱」と説明されました。
たとえば、毎週の定例会議が報告だけで終わり、相談の時間がとれていない。「このやり方、変えたほうがいいのでは」と思う人がいても、「前からこの形だから」と、そのまま続いてしまう。慣れた方法を変えることは、周囲にとっても負担だからです。
一方で、手順を守る、品質を保つ、事故を防ぐといった組織の役割も重要だと強調されます。問題は、その「守る」という判断を、まだ試してもいないアイデアにまで当てはめてしまうことです。
「失敗したら誰が責任を取るの?」
「今の業務はどうするの?」
まだアイデアが十分に形になっていない段階でこう問われると、メンバーは改善の余地に気づいていても、諦めてしまいかねません。
変化に対応するには、既存の枠組みを問い直す逸脱が必要です。逸脱の出発点は、きれいにまとまった提案ではなく、日常に散らばる小さな違和感なのです。
2. 違和感を形にする「STGモデル」
では、メンバーが違和感を口にしたとき、マネージャーはどう関わればよいのでしょうか。
ここで重要になるのが、一人ひとりの独自の強みに目を向け、その発揮を支援する「強みフォーカス」という考え方です。本人の強みを見出し、挑戦につなげ、成長を支える。その関わり方を具体化したものが、 STGモデル です。
- Sense(センス):強みや違和感を感知する
- Try(トライ):違和感を形にする小さな挑戦を後押しする
- Grow(グロウ):試した経験を本人の成長と組織の学びに変える
講演では、書籍に登場する架空の通信会社「東都モバイル」のケースを題材に、各段階が紹介されました。
企画担当の こはる は、高齢者がスマートフォンを十分に楽しめていないことが気にかかり、「シニア向けのゲームを作ってみては」と考えます。通信会社がゲーム? 一見すると唐突な提案に、課長の 澪(みお) はどう向き合うのでしょうか。
① Sense:提案をすぐに「採点」しない
澪は、こはるの提案を「いいね」「ダメだね」とすぐには評価しません。代わりに、なぜ高齢者の反応が気になったのか、どんな場面に関心を持ったのかを聞いていきます。
「最初から採算とか前例とかを問うていくと、こはるは明確な事業計画を持っているわけではないので、着想自体が消えてしまうことにもなりかねないんです」
対話を重ねるなかで、澪はこはるの 「人の話を丁寧に聞ける」 という強みを見出します。自分の強みを発揮しようとするなかで、担当業務や会社の常識からはみ出すこともあります。
提案の採点よりも、違和感や強みに目を向けることが重要です。
② Try:いきなり新規事業にせず、小さく試す
こはるは「本業じゃないよね」と思われないか、失敗したら評価が下がるのではないかと不安を抱えます。澪はその不安を丁寧に聞き取り、最初の一歩を一緒に考えます。
ポイントは、すぐに新規事業として申請させないこと。自分の決裁権の範囲で、費用と時間を限定して試せる場所はどこか。協力してくれそうな人は誰か。
「とにかく挑戦してね、と励ますだけだと、メンバーは困ってしまうんです。どこなら試せそうか、協力者は誰か、を一緒に考えてあげると、動きやすくなる」
励ますだけでなく、試せる範囲を一緒に考えることが大切です。
③ Grow:試行錯誤を、本人と組織の学びに変える
小さく試したことで、高齢者の反応や、現場から示された懸念といった情報が集まってきます。そこで二人は、「ゲームを作りたい」という希望だけでは社内の理解が得られにくいことに気づきます。
「高齢者との接点を増やす案」として、試行の結果も示しながら説明していく。こうして協力を得ながら案が前に進み、こはる自身も企画を進める力を高めていきます。
伊達さんは、STGを実践するマネージャーの仕事を メンバーの考えを聞くこと、試行を助けること、社内にも説明すること だとまとめられました。特別な場面だけで行うのではなく、日々の対話や業務のなかで実践できることでもあります。
3. それでも、マネージャーが挑戦を止めてしまう理由
一方で、「忙しいマネージャーに、そんな時間はない」という声もあります。伊達さんは視点を組織へ移します。
マネージャーは、目標達成、品質確保、メンバー育成、部署間の調整や報告など、すでに多くの責任を負っています。そこに「メンバーの新しい挑戦も支援して」と言われれば、負担は増えます。
「挑戦が失敗したときに自分の責任まで問われてしまうと、メンバーのアイデアを止めるほうがむしろ合理的になってしまう。こういう組織って、珍しくないと思うんです」
会社として「挑戦を奨励しています」と掲げていても、普段の評価や上司の反応が変わらなければ、マネージャーは従来の業務を優先します。
挑戦を支えることが、マネージャー自身にとってリスクになってしまう。
評価基準も業務量も変わらなければ、研修で学んだ方法も実践しにくい。一方で、マネージャー自身の努力だけで解決してもらうのは現実的ではない。 メンバーの逸脱を支えるマネージャー自身もまた、組織から支えられる必要があるのです。
4. 人事にできること ― 研修を増やす前に、負担と不利益を減らす
では、人事には何ができるのでしょうか。
同じ東都モバイルの物語には、社長から「STGモデルを導入せよ」と命じられた人事部長の 長峰直子 も登場します。
会議では、現場の管理職から寄せられた「今の仕事だけで手一杯なのに、また研修を増やすんですか?」という懸念が共有されました。そこで直子は、全社一斉の研修を見送り、まず人事部で3カ月試し、その後、現場の一部署で実験するという段階的な進め方を提案します。
直子は自分の関わり方も見直します。部員の資料の不備や規程の解釈ミスを、とにかく指摘してきた。給与や労務の仕事では、ミスは許されません。けれど、その姿勢が新しい提案を考える場面にまで貫かれていて、人事部の会議で発言が減っていたのです。
「現場に進める前に、まず人事でSTGを試してみよう、と考えるようになっていくんですね」
挑戦を支えるマネージャーが、損をしない仕組みをつくる
さらに人事には、挑戦を支えるマネージャーの負担や不利益を減らすという役割があります。
メンバーの実験で通常業務が遅れ、その責任が評価に響けば、次の挑戦を認めにくくなります。
逆に、人事が上位のマネージャーと調整し、試行期間中の業務量や評価の扱いをあらかじめ決めておけば、現場は実験を認めやすくなります。
ここまでの議論を整理すると、人事に求められる役割は、大きく三つにまとめられます。
- 挑戦の余白をつくること
- 挑戦による不利益を減らすこと
- マネージャーを孤立させないこと
大切なのは、マネージャーに新しい役割を付け加えるだけで終わらせないこと。「もっと部下の挑戦を支援してください」と求める前に、支援しようとしたマネージャーが困らない環境をつくる。
5. 参加者との対話から見えてきた、逸脱を支えるヒント
講演後の対話では、現場の悩みや工夫が共有されました。
Q. 「逸脱してはいけない」が大前提の現場では?
安全性が何より優先されるインフラ業界の人事の方からは、「安全を守ることが最大のミッション。『逸脱』という言葉を出した瞬間に反発が起きそう」という率直な問いが寄せられました。
伊達さんが示されたのは、二つの観点です。一つは、逸脱は大変革でなくてもよいということ。例えば、既存の方法でうまくいっていないことや、ヒヤリハットをきっかけに、これまで当たり前とされていた仕事の進め方を問い直し、改善につなげようとすることも、逸脱の一つとして考えられます。
もう一つは、人は自分では枠の中で動いているつもりでも、日常的に小さく枠の外に出ているということ。その瞬間に目を向け、活かしていく発想でも十分だと語られました。
もちろん、安全上のルールを破ることと、よりよい方法を考えることは別です。守るべきものを守りながら、今のやり方を問い直すことはできます。
質問者の方は「うちの会社でも改善は定着している。できる気がしてきました」と応じられていました。
Q. 業務がパンパンで、どうしても「まずこっちでしょ」と言ってしまう
若手中心のチームを率いる人事責任者の方からは、優先すべき業務が明らかにあるなかで、メンバーの「やりたい」をどう扱えばよいかという問いが寄せられました。
伊達さんが挙げたヒントは、うまく理由をつけること。共著者の石山先生が、上司の工夫によって研修に送り出してもらえたエピソードを引きながら、組織のなかで挑戦を正当化できる理由をつくることの大切さを紹介されました。
目の前の仕事を果たしながら、将来につながる挑戦の時間をどう確保するか。そうした「裏技」を管理職同士で持ち寄る場があるとよい、と提案されました。
チャットでも、
「ストーリーづくりですね。マネージャーはプレイヤー時代に上司や顧客を説得するストーリーをつくるのがうまかったはず。その技をメンバーマネジメントに転用すれば」
という声が上がりました。
伊達さんも、ストーリーづくりや理由づくり、さらには社内政治も含めた調整の仕方が、 目の前の業務との両立を図りながら、本人の挑戦が組織にとってどんな意味を持つのかを考え、周囲の理解を得て、小さく試すための時間や協力を確保する。そんな現実的な工夫についても語られました。
ここでいう「理由づくり」は、単にルールをすり抜けることではなく、挑戦の意義を組織の言葉に置き換え、必要な調整を行いながら、試行錯誤できる余地をつくることとして捉えられます。
あわせて紹介されたのが、逸脱の種を見つける方法です。
「逸脱の種を聞いたマネージャーは、一瞬イラッとするんです。そこでちょっと立ち止まって、この人はなんでこんなことを言ったのかな、と反芻するだけでも、最初の一歩になると思います」
Q. マネージャーの力量にはばらつきがある
自治体の人事の方からは、「マネージャーの器が大きくないと逸脱させてあげられない。その力量のばらつきを人事としてどう補うか」という声が寄せられました。
伊達さんは、二つの観点を示されました。一つは、利害関係のない「斜め」の関係です。直属の上司は直接の利害関係者なので、部下の提案にイラッとしやすい。一方、斜めの関係なら「言ってること、ちょっと面白いね」と受け止めやすい場合があります。縦のラインだけでなく、斜めのラインで出会い、相談できる機会をどうつくるかが大切だといいます。
もう一つは、意外にも 「見ないふりをする」こと。マネージャーが部下の行動を細かく見て介入し、挑戦を止めてしまうよりも、あえて介入を控えて見守ることが、逸脱にとってプラスに働く場合もあると語られました。
もちろん、これは不適切な行動や重大な問題を見逃すという意味ではありません。安全性や守るべきルールを確保したうえで、本人の裁量を尊重し、試行錯誤できる余地を残すことが重要です。
6. 明日から始めること ― まず、身近な実践者に話を聞く
講演の最後に、伊達さんは「明日からの一歩」として、身近なところから始める方法を提案されました。
まずは、すでにメンバーの挑戦を支えているマネージャーを見つけること。その人は、特別な制度や研修がなくても、日々の仕事のなかで工夫をしているかもしれません。
そして、その人に話を聞いてみます。
- 前例のない提案が出たとき、どう業務を調整したのか
- 誰に相談して、実験の時間を確保したのか
- 周囲から反対されたとき、どう説明したのか
- 試行に時間を使って業務が遅れたとき、何に困ったのか
次に、改善できそうなことを一つ選び、小さく試してみる。たとえば、「週に1時間は試行の時間を確保する」「定例の報告を一つ減らす」「試行期間中の評価の扱いを決める」といったことです。そして、もう一度話を聞き、うまくいけば他の職場にも紹介し、うまくいかなければ修正する。
参加者のチェックアウトでも、「スモール逸脱を積み上げて、周りに『逸脱してみたけどどうだった?』と聞いてみる」「心のイラッは出さず、『それ、いいね!』で返したい」「メンバーの逸脱を見て見ぬふりするところから始めてみる」「まずはリーダー陣で本の勉強会をする」といった声が寄せられました。
おわりに ― 逸脱を支えるマネージャーを、人事が支える
「新しいことをしようとする人は、それを支えてくれた人のことをすごく覚えているんです。そして、その一言を覚えていたりする」
伊達さんは今も、指導教員の「傑作やね」という言葉を覚えているそうです。
誰かの小さな違和感を面白がり、その人の可能性を信じてみる。そんな関わりが、新しい挑戦のきっかけになるのかもしれません。
一方で、マネージャー自身も、日々の業務や目標達成に追われています。
だからこそ人事には、挑戦を支えるマネージャーが時間や評価、責任の問題で孤立しないよう、環境を整える役割があります。逸脱を「個人の勇気」や「マネージャーの器」だけに委ねない。 次に誰かの発言に「イラッ」としたとき、その背景に耳を傾け、組織として何ができるかを考えることから始まるのかもしれません。
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挑戦を支えるマネージャーを孤立させないためには、まず現場で何が起きているのかを知ることから。リデザインワークのAIエンゲージメントサーベイは、組織の状態を可視化し、AIが分析から打ち手の検討までを支援します。






