コンピテンシー評価による人材戦略。高パフォーマンス人材を生み出す仕組みを構築するには?【リデザインワーク代表:林宏昌氏監修】
一般的な人事評価では、従業員の能力や仕事の成果が重要視されています。しかし、個々が持つノウハウや経験、仕事への姿勢などの要素においては可視化しにくく、評価基準があいまいになったり、評価者の主観に左右されたりする問題があります。
評価者による評価のばらつきをなくして客観的かつ公正な人事評価を行うには、目に見えるスキルや能力だけでなく、従業員の行動特性に着目することが重要です。
そこで取り入れられているのが、“コンピテンシー評価”と呼ばれる手法です。
企業の経営陣や人事部門の担当者さまのなかには、「コンピテンシー評価では具体的に何を評価するのか」「どのようなメリット・デメリットがあるのか」などと疑問をお持ちの方もいるのではないでしょうか。
当編集部では、リデザインワーク代表の林 宏昌さんの見解とともに、コンピテンシー評価のメリット・デメリットや導入手順、注意点などについて解説します。
目次[非表示]
- 1.コンピテンシー評価とは
- 2.コンピテンシー評価が必要とされる背景
- 3.コンピテンシー評価を取り入れるメリット
- 3.1.①人材育成を効率的に行える
- 3.2.②外部環境や偶発性に左右されにくい
- 3.3.③人材マネジメントや採用活動に生かせる
- 4.コンピテンシー評価を取り入れるデメリット
- 4.1.①評価モデルの選定が難しい
- 4.2.②導入や運用に労力がかかりやすい
- 5.コンピテンシー評価を導入する手順
- 5.1.①コンピテンシー評価の運用チームを結成する
- 5.2.②ハイパフォーマーの行動特性を分析する
- 5.3.③コンピテンシーモデルを作成する
- 5.4.④コンピテンシー評価シートを作成する
- 5.5.⑤コンピテンシー評価の検証と調整を行う
- 6.コンピテンシー評価を導入する際の注意点
- 6.1.事業環境や戦略に合わせてアップデートする
- 6.2.評価項目・評価基準は具体的に書き下す
- 6.3.成果の向上を目指して取り組む
- 7.コンピテンシー評価の項目例
- 8.まとめ
コンピテンシー評価とは
コンピテンシー評価とは、自社で高いパフォーマンスを発揮している従業員に共通する行動特性をモデル化して、その行動を基準に人事評価を行うことです。行動特性のなかには、仕事における実際の行動だけでなく性格や価値観、思考のパターンなども含まれます。
人事評価の方法には、従業員の能力・スキル・知識などの目に見えやすい要素を評価する“能力評価”がありますが、評価基準に具体性がなく抽象的なため、以下のような問題につながりやすくなります。
▼能力評価による問題
- 能力やスキルなどの要素が仕事にどのように結びついているのかを判断することが難しい
- 成果に直接的につながっていない姿勢や行動などを評価できない(成果主義の評価になる)
- 評価基準があいまいになりやすく、評価者の主観に左右されることがある
これに対してコンピテンシー評価では、能力や成果そのものだけでなく以下のような目に見えにくい要素を重視することが特徴です。
▼コンピテンシー評価で重視する要素
- 従業員の行動がどのような貢献をもたらしたか
- 成果を出すためにどのような思考や価値観を持って行動したのか
能力評価と比べて、仕事のプロセスや動機などの多角的な要素を評価できるため、人事評価の精度を高められることが期待できます。
――コンピテンシー評価について考えるうえで、最初に押さえておいた方がよいことは何でしょうか?
林:コンピテンシー評価が失敗する多くの企業の特徴として、評価基準があいまいなことが挙げられます。抽象的な形でコンピテンシーをまとめると、公平な評価ができません。コンピテンシー評価を行う際は、具体的な行動レベルで「できる」「できない」の判断ができる形にしておくことが重要です。 |
コンピテンシー評価が必要とされる背景
コンピテンシー評価が必要とされる背景には、企業の人事評価制度や人材育成に関する課題が顕在化していることが挙げられます。
▼コンピテンシー評価が必要とされる背景
- 評価者の主観による評価で不公平感が生じている
- 人手不足のなかで効率的に人材育成を行う必要性が高まっている
- 人材の流動化によって年功序列による評価が合わなくなっている
従来の能力評価では、評価基準があいまいで抽象的なため、評価の公平性を担保することが難しい問題があります。このような人事評価体制は、従業員の不公平感を生み、モチベーションの低下や離職につながる可能性があります。
また、近年では少子高齢化の影響によってさまざまな企業が人手不足の課題を抱えています。人材を新たに確保したり、長期間にわたって人材育成を行ったりすることが難しくなるなかで、自社で活躍する人材の行動特性を把握して、効率的に育成する重要性が高まっていると考えられます。
さらに、日本では雇用慣行として“年功序列制度”が根付いていました。年功序列制度では、勤続年数が長くなるほど評価される仕組みとなっていますが、働き方のニーズや価値観が多様化して人材の流動性が見られる今、勤続年数ではない成果や行動について適正に評価する体制が求められています。
コンピテンシー評価を取り入れるメリット
自社で優れた成果を上げている従業員のコンピテンシーを分析して、高いパフォーマンスを生む人物のモデルを作成することで、より客観的かつ公正な人事評価ができるようになります。
①人材育成を効率的に行える
1つ目のメリットは、人材育成を効率的に行えることです。
コンピテンシー評価では、人事評価の項目や基準を設定するにあたって高いパフォーマンスを発揮している従業員の行動特性を抽出します。
高い成果を上げている従業員が「どのような思考パターンや価値観を持って行動しているか」を具体化させることで、ほかの従業員への能力開発の指標になります。
思うように成果を上げられていない従業員や、能力が伸び悩んでいる従業員に対してどのような行動・意識づけをすればよいかが明らかになるため、効率的な育成活動を行うことが可能です。
②外部環境や偶発性に左右されにくい
2つ目のメリットは、外部環境や偶発性に左右されにくいことです。
コンピテンシー評価を行う際は、評価する対象や基準を行動レベルで具体的に設定します。「どのような行動をとったか」「何を評価するか」が明確になるため、評価者の主観による評価を防げるほか、外部環境や偶発的な要素に左右されにくくなります。
客観的かつ公平な基準で人事評価が行えるようになれば、従業員の納得感が生まれてモチベーションやエンゲージメントの向上につながることも期待できます。
③人材マネジメントや採用活動に生かせる
3つ目のメリットは、人材マネジメントや採用活動にコンピテンシーを生かせることです。
部署・職種・役職などに応じて、従業員のコンピテンシーを設定して人事評価を行うことで、個々のパフォーマンスを最大限に発揮できる人材配置ができるようになります。
また、採用活動の際にコンピテンシーに基づいた評価項目を加えることで、職務適性のある人材を見極めやすくなり入社後の活躍が期待できます。
――コンピテンシー評価の最大のメリットは何でしょうか?
林:人材育成の効率化が大きなメリットです。コンピテンシー評価をすることで、「こういう行動をもっと伸ばそう」という話がしやすくなります。また、正しくコンピテンシーを運用できれば、外部環境や偶発性に依らない人事評価をすることも可能です。 |
コンピテンシー評価を取り入れるデメリット
コンピテンシー評価は、人事評価の精度を高められる一方で、人事や管理者などの評価者への負担につながる可能性があります。
①評価モデルの選定が難しい
1つ目のデメリットは、評価モデルの選定が難しいことです。
コンピテンシー評価には決まったフォーマットはなく、企業が独自にモデルとなる従業員を選定して評価項目や基準を設定します。
その際、「誰が高い成果を上げているか」というモデルの選定だけでなく、「どのような行動が成果をもたらしているか」といった可視化しにくい要素を分析して具体化させる必要があるため、つまずいてしまうケースも少なくありません。
②導入や運用に労力がかかりやすい
2つ目のデメリットは、導入や運用に労力がかかりやすいことです。
コンピテンシー評価を導入する際には、部署・職種・役職などのさまざまな切り口で高いパフォーマンスを発揮している従業員の行動特性を分析する必要があります。評価項目や基準について細かく設定する作業も発生するため、時間と労力がかかる可能性があります。
また、一度設定したコンピテンシーを運用し続けると現状の組織体制や事業環境に即していない人事評価につながるおそれがあるため、定期的に見直しを行うことも求められます。
コンピテンシー評価を導入する手順
コンピテンシー評価を導入する際は、一連の手順に沿って行動特性を分析・定義していくことが重要です。ここからは、コンピテンシー評価を導入する手順を5つに分けて解説します。
①コンピテンシー評価の運用チームを結成する
コンピテンシー評価の制度を運用するチームを結成します。
コンピテンシー評価では、企業が理想とする従業員の行動特性を分析して、人事評価制度に落とし込む必要があります。そのため、実際に業務を熟知しており、高い成果を上げているメンバーを選任することが重要です。
例えば、部門のマネージャーや管理者などの人物が挙げられます。
②ハイパフォーマーの行動特性を分析する
高い成果を上げているハイパフォーマーを部門・職種・役職ごとに選定して、行動特性を分析します。ハイパフォーマーの分析は、コンピテンシーモデルを作成する基礎となるため多角的に分析を行うことが重要です。
ハイパフォーマーの行動特性を分析する方法には、以下が挙げられます。
▼ハイパフォーマーの行動特性を分析する方法
- 業績の高い従業員にインタビューを実施して、成果に結びつく行動や思考パターンなどを把握する
- 適性検査を実施して、評価の高い従業員の共通点や評価が低い従業員との違いを定量的に洗い出す
③コンピテンシーモデルを作成する
ハイパフォーマーの行動特性を分析したあとは、コンピテンシーの項目を設定してモデルを作成します。
分析した行動特性のデータを基にコンピテンシーの項目を設定する際は、成果や業績の向上に結びついている項目を行動レベルで洗い出すことが重要です。抽象的なコンピテンシーではなく、できる・できないを明確に区別できる項目を選ぶと評価者によるばらつきを防止できます。
どのようなコンピテンシー項目が自社の業務に必要かどうか判断が難しい場合には、包括的なコンピテンシーをまとめた“コンピテンシー・ディクショナリー(※)”を参考にして、適宜削除・追加していくことも有効です。
また、コンピテンシーモデルには主に3つの種類があります。
▼コンピテンシーモデルの種類
種類 |
内容 |
1.理想形モデル |
企業が求める理想の人物像を基に作成したモデル |
2.実在型モデル |
実際に業務で高い成果を上げている従業員を基に作成したモデル |
3.ハイブリッドモデル |
理想とする人物像と高い成果を上げている従業員の両方を融合させたモデル |
コンピテンシーモデルの種類を選定する際は、企業の経営戦略やビジョンなどを踏まえたうえで、目指す方向性に合致したモデルを選ぶことがポイントです。
※業務に必要な基本的な知識・能力や成果につながる行動特性(コンピテンシー)を包括的に示した基準のこと。厚生労働省では、『職業能力評価基準』をコンピテンシー・ディクショナリーとして活用することを推進しています。
④コンピテンシー評価シートを作成する
コンピテンシーの項目を選定してモデルを作成できたら、人事評価制度として活用するための評価シートを作成します。
評価シートを作成する際は、コンピテンシーの項目に対する達成度や習熟度が明確に分かるように3~5段階のレベルに分けて評価基準を定めることがポイントです。
▼コンピテンシーにおけるレベルの設定例
段階 |
達成度・習熟度 |
レベル1 |
上司の指示に沿って部分的または補助的な業務を行える |
レベル2 |
業務の担当者として、上司の指示・助言を踏まえながら定例的・突発的な業務を確実に遂行できる |
レベル3 |
自主的な判断や創意工夫を凝らしながら業務を遂行できる |
レベル4 |
チームの中心となって問題解決や業務進捗管理などを行い、企業の利益を創出するための活動を行える |
レベル5 |
チームを統括して総合的な判断や意思決定を行ったり、新たな発想で企業利益を創出したりできる |
これらの評価基準のレベルは、コンピテンシーの項目に合わせて具体的な行動をイメージしやすい文章に変える必要があります。
⑤コンピテンシー評価の検証と調整を行う
コンピテンシー評価シートを作成したあとは、コンピテンシーの項目や評価基準が実態に即した内容になっているかを検証して最終調整を行います。
実際に高い成果を上げている従業員のコンピテンシーを評価してみて、ハイパフォーマーとして適切に評価されるかどうかを確認します。
複数の従業員で検証を実施して、実際の能力と照らし合わせながら項目・評価基準を見直すことでコンピテンシー評価シートの精度を高められます。
コンピテンシー評価を導入する際の注意点
コンピテンシー評価を導入して従業員の能力や適性を正しく評価するために、いくつか注意しておきたいことがあります。
事業環境や戦略に合わせてアップデートする
コンピテンシー評価は一度作成して終わりではなく、常にアップデートをしていく必要があります。
事業環境や経営体制が変化したり、新しい戦略を打ち出したりすると成果に結びつく行動や意識も変わってきます。
最初に作成したコンピテンシーのまま運用を続けると正しい評価がされなくなる可能性があるため、定期的に見直しを行うことが重要です。
――コンピテンシー評価のアップデートとは具体的にどのようなことを指すのでしょうか?
林:コンピテンシーモデルを作成する際にハイパフォーマーを分析しますが、あくまで過去のある環境においてモデルとなる人物のパフォーマンスが高かったというだけです。将来、環境が変化したときに同じ特徴を持った人物がハイパフォーマーになるとは限りません。 |
評価項目・評価基準は具体的に書き下す
評価者によるコンピテンシー評価のばらつきが生まれないように、評価項目・評価基準は具体的に書き下す必要があります。
コンピテンシーの評価項目・評価基準が抽象的になっている場合、評価者の経験や主観によって判断されてしまうおそれがあります。「どのような行動を取ったらできる・できないと判断するのか」を誰が見ても分かるように、行動レベルまで落とし込むことが重要です。
例えば、プロジェクトを円滑に遂行するためのプロセス管理スキルを評価する際には、以下のように設定できます。
▼プロセス管理スキルの例
段階 |
達成度・習熟度 |
レベル1 |
プロジェクトの目的やタスクを理解しており、担当業務の振り分けやスケジュール管理ができる |
レベル2 |
プロセスごとの目標設定と達成までの行動計画を設定して、効率よく業務を進められる |
レベル3 |
目標設定や行動計画に加えて、チーム・関係者の状況を踏まえたマイルストンを設定して進捗管理 を行ったり、優先順位を見極めたりできる |
レベル4 |
チームや関係者とコミュニケーションを取りながら、状況に応じてタスクやスケジュールの調整を行い、問題が生じた場合には優先度が高いものから解決を図る |
レベル5 |
チーム全体の構造を俯瞰して指示・フォローを行い、スピード感や品質を担保しながら成果を最大化するための行動を創意工夫できる |
――評価項目・評価基準について押さえておいた方がよいことはあるでしょうか?
林:あいまいなコンピテンシーや抽象度の高いコンピテンシーだと、評価者による評価の振れ幅が大きくなります。そのため、各コンピテンシーの項目は具体的な行動レベルで設定する必要があります。 |
成果の向上を目指して取り組む
コンピテンシー評価の最終的な目的は、ハイパフォーマーの行動特性を人材育成や人材マネジメントに役立てて成果の向上を目指すことです。
人事評価制度にコンピテンシー評価を導入したとしても、評価する段階で終わってしまうと成果の向上にはつなげられません。
ハイパフォーマーが持つ行動特性を踏まえて、ほかの従業員への教育や研修を実施したり、適材適所の人員配置に見直したりして、継続的に高い成果を生み出せる組織体制を構築することが重要です。
コンピテンシー評価の項目例
最後に、コンピテンシー評価の項目と定義の設定例について紹介します。企業の職種や部署などによってコンピテンシーの項目は異なるため、自社に合わせた項目を設定するようにしてください。
▼コンピテンシー評価の項目と定義の設定例
カテゴリ |
コンピテンシー |
定義 |
企画・構想力 |
情報収集力 |
現場の感覚を持ち、顧客の具体的なニーズや競合プレイヤーの情報を収集している。 |
課題設定力 |
発生した問題や出来事を目に見える現象にとらわれず、その背景や因果関係を理解している。 |
|
優先順位の設定力 |
事業環境や外部環境を見極めて、現在対応すべき課題の優先順位をつけている。 |
|
定量的な思考力 |
事実やデータに基づいた定量的な判断や意思決定を行っている。 |
|
プロセス推進力 |
逆算思考力 |
組織のミッション・目標の達成に向けて、マイルストンや具体的な行動計画を設定している。 |
データ化・汎用化力 |
データ分析によって定量的に課題を把握している。また、業務マニュアルの作成やナレッジマネジメントによって業務の汎用化に注力している。 |
まとめ
この記事では、コンピテンシー評価について以下の内容を解説しました。
- コンピテンシー評価が必要とされる背景
- コンピテンシー評価を導入するメリット・デメリット
- コンピテンシー評価を導入する手順
- コンピテンシー評価を導入する際の注意点
- コンピテンシー評価の項目例
自社で高い成果を上げている従業員の行動特性に着目して能力・適性を判断することで、外部環境や偶発的な評価をなくして客観的で公平な人事評価ができるようになります。また、「どのような行動や意識が成果に結びつくのか」が明らかになるため、人材育成や採用活動などにも役立てられます。
コンピテンシー評価を導入する際は、多角的な分析を通してハイパフォーマーの行動特性を把握するとともに、具体的な行動レベルで評価項目・評価基準を書き下すこと、常にアップデートしていくことが重要です。
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