適正かつ公正な人事考課で組織力を強化する! 制度運用のポイントとは?【リデザインワーク代表:林宏昌氏監修】
近年、少子高齢化の進行や“人生100年時代”の到来によって、就業形態や働き手のキャリア観が多様化しています。
企業の人事考課においては、これまで内部の公平性と評価の継続性を担保した一律的な評価制度を設ける仕組みが一般的とされていました。しかし今後は、多様化する人材のニーズに対応していくには、柔軟な目標・評価基準の設定によってパフォーマンスの向上や成長につなげるための人事制度が求められます。
企業の経営陣または人事部門では、「多様な人材が活躍して、自律的な成長を促す仕組みを構築したい」「人事考課の見直しを通して、モチベーションの向上や貢献意欲の強化を図りたい」などとお考えの方もいるのではないでしょうか。
当編集部では、リデザインワーク代表の林 宏昌さんの見解とともに、人事考課の評価基準や評価方法、制度を運用する際のポイントなどについて解説します。
目次[非表示]
- 1.人事考課とは
- 2.人事評価との違い
- 3.人事考課がもたらすメリット
- 4.人事考課がもたらすデメリット
- 5.人事考課における3つの評価軸
- 6.人事考課に利用できる評価方法
- 6.1.MBO(目標管理制度)
- 6.2.コンピテンシー評価
- 7.人事考課を運用するポイントは“目標設定”にある
- 7.1.①目標の意義と難易度を設定する
- 7.2.②SMARTを意識して目標を設定する
- 8.まとめ
人事考課とは
人事考課とは、企業が定めた評価基準に基づいて従業員の能力や業務実績、職務態度などを査定して評価する制度のことです。評価の結果を踏まえて、従業員の昇進や昇給、配置転換などを決定します。
▼人事考課制度の運用イメージ
画像引用元:厚生労働省『人事考課制度』
人事考課の制度は、従業員の処遇に関わるだけでなく、仕事のモチベーションや成長にも影響するため、公正かつ納得感のある評価基準に基づいて適正に運用することが求められます。
また、目標設定と評価、フィードバックを行いながら、従業員一人ひとりの行動や成果を柔軟に評価して、パフォーマンスの向上と成長につなげていくための仕組みをつくることも重要です。
出典:厚生労働省『人事考課制度』
人事評価との違い
人事評価とは、処遇の決定や育成、能力開発を行うことを目的に従業員を評価することを指します。
人事考課との違いは、昇給・昇進の判断だけでなく、人事制度における幅広い事項を決定するために評価が行われることです。したがって、人事考課は人事評価の一部に当たると考えられます。
企業によっては、人事考課と人事評価に明確な違いはなく同義として扱われるケースもあります。
人事考課がもたらすメリット
適正かつ公正な人事考課を運用することによって、企業と従業員の双方にさまざまなメリットがもたらされます。
メリット①ミッション・ビジョン・バリューの共有
1つ目は、人事考課を通して企業が掲げるミッション・ビジョン・バリューを従業員と共有して、意識のすり合わせができることです。
▼ミッション・ビジョン・バリューの意味
用語 |
意味 |
ミッション |
企業が果たす使命や存在意義 |
ビジョン |
中長期で実現したい目標や方向性 |
バリュー |
組織で共有する価値観や行動規範 |
組織全体が同じ理念を持ち、目標を達成するための行動につなげるには、従業員一人ひとりが企業のミッション・ビジョン・バリューを理解している必要があります。
人事考課を運用するにあたっては「どのような成果や行動を評価するのか」「従業員にどのような行動を求めるのか」を従業員へ明確に示すことになります。
企業が目指す方向性が明らかになることによって、従業員の主体的な成長や行動を促せる組織風土が醸成されると期待できます。
メリット②モチベーションの向上
2つ目は、モチベーションの向上が期待できることです。
人事考課を通して昇給・昇進の評価基準や根拠が明確になることで、「自分が何をするとよいのか」という具体的なアクションが明確になり、仕事へのモチベーションに寄与すると考えられます。
また、従業員自身の能力や成果などに応じて適正かつ公正な評価が受けられたり、処遇への反映を実感できたりすることは、その職場で働き続ける安心感と信頼の醸成にもつながります。
その結果、従業員の自発的な貢献意欲や帰属意識が生まれて、人材の定着化にも結びつくことが期待できます。
メリット③成長によるパフォーマンスの向上
3つ目は、成長によってパフォーマンスの向上が期待できることです。
人事考課の運用にあたって、従業員個人の強みや課題を踏まえた目標設定と、実効性のあるフィードバックを実施することで、「どのような行動が成果につながったのか」「何ができなかったのか」という振り返りの機会を提供できます。
これにより、目標を達成するために必要なスキルの習得や日々の行動変容を促進できるようになり、パフォーマンスの向上へつながると考えられます。
人事考課がもたらすデメリット
人事考課の運用方法によっては、デメリットが生じる可能性もあります。人事考課を取り入れる際は、従業員のサポート体制や評価制度の柔軟性にも目を向けることが重要です。
デメリット①関連業務による負担の増加
1つ目は、間接業務によって人事部門の負担が増加することです。
人事考課の運用には、評価基準と評価方法の設計をはじめ、従業員による目標設定のサポート、フィードバックの実施などのさまざまな業務が発生します。人事部門が対応する業務が増えることで、運用の負担につながる可能性があります。
企業の課題や特性に応じた制度を設計して円滑な運用を実現するためには、人事部門の体制を整備するとともに、外部リソースの活用も検討することが重要です。
デメリット②従業員の不満につながるリスクがある
2つ目は、従業員の不満につながるリスクがあることです。
一律的なレーティング(評価段階の決定)に基づいた評価は、多様な人材の活躍や自律的なキャリア形成を阻害してしまう可能性があります。
また、保守的な減点主義や過度な完璧主義にこだわりすぎると、従業員のやる気が失われてしまい、イノベーションの芽を摘むことにつながりかねません。
人事考課によってモチベーションやパフォーマンスの向上を図るためには、多様な人材を柔軟に評価する制度づくりと、失敗を許容して挑戦を奨励する組織風土を醸成することが重要といえます。
――人事考課のメリットについて、特に大きなものはあるでしょうか?
林:人事考課というものは、育成につながる大きなものだと考えています。 「こういうことに取り組んで挑戦して、結果がこうだった」とか、その際に「何ができて何ができなかったのか」ということを、従業員本人が学びとしてしっかりと振り返るよい機会になるためです。
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人事考課における3つの評価軸
人事考課の制度を設計する際は、3つの評価軸から評価項目と評価基準を設定します。
業績考課
業績考課は、従業員が生み出した成果や業績への貢献度を評価することです。成果につながったプロセスは考慮せずに、売上や問題解決などの目に見える要素を評価することが特徴です。
▼業績考課による評価要素の例
- 業務の正確性や信頼性
- 売上目標の達成度
- 一定期間内の業務実績
成果を定量的に測定しにくい業務や外部環境によって成果が左右されやすい業務については、結果までのプロセス、業務に取り組む姿勢などを評価基準に盛り込んで、多角的な視点から成果を定義づけることが重要です。
能力考課
能力考課は、従業員が持つ知識や職務の遂行能力などを評価することです。能力が目に見えやすい資格の有無や習得したスキルだけでなく、成果が数字として表れにくい要素を評価することが特徴です。
▼能力考課による評価要素の例
- 難易度が高い業務に対応できる知識と技術
- 仕事に対して自らの考えや発想を持って物事を創造する能力
- 社内の関係者とコミュニケションをとり、意思疎通をしながら円滑にチームを統制する能力
- 仕事の内容を理解して、成果のために適切な行動を判断できる能力
能力考課の評価要素は、業務内容や役職などによって異なります。業績考課と組み合わせながら、成果が表面化されにくい業務に対しては能力考課の比重を高めることも検討する必要があります。
情意考課
情意考課は、業務に取り組む姿勢や行動などを評価することです。業績への貢献度や能力にかかわらず、チームのなかでの立ち位置、ほかの従業員への影響力などを評価することが特徴です。
▼情意考課による評価要素の例
- 就業規則や行動規範に基づいた勤務態度
- 業務への責任感
- 仕事に対して意欲的に取り組む積極性
- チームでの立場を理解したうえで、お互いの意見を尊重してフォローし合える協調性
- 企業のビジョンやバリューに沿って取り組む意識
情意考課の評価要素は、評価する根拠があいまいになりやすく、評価者の主観によってばらつきが生じる可能性があります。
評価項目と評価基準を定める際は、「どのような発言・行動を評価するのか」を定義して、客観的かつ統一した目線で評価を行えるようにすることが重要です。
人事考課に利用できる評価方法
人事考課では、従業員一人ひとりの成果や能力、仕事に取り組む姿勢などを適正かつ公平に評価する必要があります。一般的に活用されている評価方法には、以下が挙げられます。
MBO(目標管理制度)
業績考課の評価に活用できる方法に一つに、MBO(目標管理制度)が挙げられます。MBOとは、個人と組織の目標を半期または1年などの一定期間で設定して、達成状況や進捗状況に基づいて成果を評価する手法です。
MBOの運用では、組織の目標を踏まえたうえで、従業員自身が目標と達成するための具体的な行動を設定します。一定期間が過ぎた際に、その目標の達成度合いを評価することで、成果を定量的に判断できます。また、目標の達成度合いは、いくつかの段階に分けて評価します。
▼目標の達成段階
- 目標を予定どおり達成できた
- 目標をおおむね達成できた
- 外部的な要因によって目標の達成に至らなかった
- 内部的な要因によって目標の達成に至らなかった
- 目標達成のための行動をしなかった、または努力を著しく怠ったために目標を達成できなかった
なお、現実的に達成が難しい組織目標は、従業員のモチベーションが低下するリスクがあります。運用する際は、業務の難易度や役割、従業員の能力などを踏まえて、実現性のある目標を設定することが重要です。
また、目標の達成に向けた取り組みをどのように行っているか進捗管理を行い、結果に基づいてフィードバックを実施することも欠かせません。
コンピテンシー評価
能力考課と情意考課に活用できる評価方法に、コンピテンシー評価が挙げられます。コンピテンシー評価とは、企業で高いパフォーマンスを発揮して成果を上げている従業員に共通する行動特性をモデル化して、その基準に沿って評価を行う手法です。
優秀な人材の行動がどのように成果へ結びついているのか、発揮されている能力や思考パターンを分析して評価基準を定めることで、成果として目に見えにくい能力、業務姿勢などを評価できるようになります。
▼優秀な人材の行動特性を分析する方法
- 高い成果を上げている従業員へインタビューを実施して、業務に取り組む姿勢や行動などをヒアリングする
- 適性検査を実施して、成果を挙げている従業員に共通する思考パターンや行動を洗い出す
コンピテンシー評価のモデルは、職種や役割・責任の範囲、業務の難易度によって異なるため、評価する従業員の部署または職務内容などに応じて設定することが重要です。
――人事考課における評価方法について、注意点はあるでしょうか?
林:人事考課に利用できる評価方法にはMBOとコンピテンシー評価がありますが、どちらか一方だけを用いるのではなく、両者を使い分けることが重要です。
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なお、コンピテンシー評価の導入手順や注意点については、こちらの記事で詳しく解説しています。併せてご覧ください。
人事考課を運用するポイントは“目標設定”にある
適正かつ公正な人事考課を運用するためには、職務内容や役割などに応じて多角的な視点から総合的に従業員を評価する必要があります。客観的な評価を実現して、従業員の成長を後押しするには、目標設定が重要なポイントとなります。
①目標の意義と難易度を設定する
人事考課を運用する際は、目標の意義と難易度を設定することが重要です。
従業員を評価する目的は、処遇の決定だけにとどまりません。人事考課によって目標を設定してフィードバックを繰り返すことで、人材育成や貢献意欲の向上につなげることが重要となります。
従業員の自主的かつ意欲的な取り組みを促進させるには、目標の意義を明確にして、「何のために取り組むのか」「目標を達成することで組織にどのような影響がもたらされるのか」などを理解してもらう必要があります。
また、低すぎる・高すぎる目標は、従業員の意欲が妨げられてしまい、成長にはつながりにくくなります。目標を設定する際は、以下の項目を考慮して達成の難易度を設計する必要があります。
▼目標達成の難易度を設計するポイント
- 従業員の能力(既存の能力で対応ができるか)
- 業務の重要度・緊急度
- 役割や責任の範囲
- 創意工夫の必要性
従業員のモチベーションを維持しつつ、挑戦的な取り組みによって目標を達成できるようなバランスを保つことがポイントです。
②SMARTを意識して目標を設定する
人事考課の評価エラーを防止するために、SMARTのフレームワークを用いた目標設定と客観的な判断を行うことがポイントです。SMARTとは、以下の5つの条件に基づいて目標を設定するフレームワークです。
▼SMARTを用いた目標設定
条件 |
意味 |
具体性(Specific) |
目標に具体性があり、達成する内容が明確に示されていること |
計量性(Measurable) |
目標の達成度合いや進捗状況を定量的に可視化できること |
達成可能性(Achievable) |
挑戦的な取り組みを必要としながらも、現実的に達成できる目標であること |
関連性(Relevant) |
組織の目標と連動しており、個人の成果が組織全体への貢献につながること |
期限(Time-bound) |
目標を達成する期限や優先順位が明確になっていること |
従業員を評価する際には、評価者の主観やバイアスなどによって評価のぶれが生じてしまうリスクがあります。これを“評価者エラー”といいます。
▼評価者エラーの例
評価者エラーの種類 |
内容 |
中心化傾向 |
極端な評価を避けて、中心値の評価に偏ってしまうこと。 |
寛大化傾向 |
従業員への温情から、実際よりも甘い評価をしてしまうこと。 |
ハロー効果 |
一つの評価項目を高く評価すると、そのほかの項目についてもよく見えてしまうこと。または、その逆。 |
イメージ評価 |
従業員に対して抱いている先入観やイメージが評価に反映されてしまうこと。 |
客観的かつ統一した基準で評価を行うためには、評価者エラーの存在を意識したうえで、職務遂行上の行動事実と目標達成の状況のみを観察して、評価結果に反映させることが重要です。
――人事考課を行ううえで、強調しておきたいポイントはあるでしょうか?
林:人事考課の運用は、目標設定が8割と考えています。
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まとめ
この記事では、人事考課について以下の内容を解説しました。
- 人事考課の概要と人事評価との違い
- 人事考課のメリット・デメリット
- 人事考課における3つの評価軸
- 人事考課に活用できる評価手法
- 人事考課を運用する際のポイント
人事考課は、従業員の成果や能力、業務姿勢などを多角的に評価して、処遇を決定づける重要な制度となります。従業員のモチベーションにも影響するため、公正で客観的な判断が求められます。
また、人事考課を通して従業員のパフォーマンス向上や成長を促すには、「やる気を出させる」「行動変容を促す」ことも必要といえます。運用する際は、明確な目標設定と難易度の設計を行うとともに、評価者エラーを排除した評価ができるように取り組むことが重要です。
なお、人事考課の評価項目・評価基準の設定や、主観を排除するための評価者への教育などには一定の労力がかかります。自社のみで制度の構築が難しい場合には、リデザインワークまでご相談ください。
当社の人事戦略コンサルティングでは、人事考課の制度構築や育成による能力開発などを一気通貫で支援しています。従業員のモチベーションやパフォーマンス向上によって価値を創出し続ける人事組織を目指す方は、こちらからお問い合わせください。