人材戦略に求められる人的資本経営とは? 取り組みのヒントも交えて分かりやすく解説【リデザインワーク代表:林宏昌氏監修】
近年、ESG投資やSDGs(※)経営における重要性の高まり、産業構造の変化、少子高齢化、働き方に対する意識の変化など、企業を取り巻く環境が変化しています。
そのような環境のなかで、企業が持続的に価値を向上させていくには、競争力の源泉となる人材に目を向けて、戦略的に投資していくことが重要といえます。
そこで注目されているのが、“人的資本経営”です。人的資本経営に取り組むことで、企業価値の向上や、変化に柔軟に対応する強靭な経営基盤を維持できることが期待されています。
経営層や人事部門において「人的資本経営とはどのようなものか」「具体的にどう取り組めばよいか分からない」などとお悩みの方もいるのではないでしょうか。
当編集部では、リデザインワーク代表の林 宏昌さんの見解とともに、この問題について解説します。
※持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)
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人による企業価値向上を図る人的資本経営
人的資本経営とは、人材を企業の“資本”と捉える経営手法です。経済産業省によって、次のように定義されています。
▼人的資本経営の定義
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
引用元:経済産業省『人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~』
従来の経営では、“人材=コスト・資源”とする考え方が主流でしたが、企業や個人を取り巻く環境の変化によって、新たな課題への対応が求められています。
▼企業・個人を取り巻く環境の変化
- SDGs経営やESG投資の重要性の高まり
- 産業構造の急激な変化
- 少子高齢化の進行
- 働き方に関する意識の変化
- デジタル化の進展による人材に求められるスキル・能力の変化
このような課題が顕在化してきたことで、企業の経営における人材戦略のあり方が改めて問われており、“人材=資本”と捉える人的資本経営が重要視されるようになりました。人的資本経営に取り組むには、以下のような変革が求められます。
▼人的資本経営のおける変革の方向性
画像引用元:経済産業省『人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書』
人材をコストではなく投資として捉え、経営戦略と連動して個々が持つ知識や能力などを引き出すことで、持続的な企業価値の向上につながると考えられています。
――林さん、人的資本経営を目指すうえでの重要なキーワードは『経営戦略』と『人材戦略』だと感じたのですが、その理解で問題ないでしょうか?
林:はい、問題ありません。 『経営戦略』と『人材戦略』は人的資本経営におけるキーワードで、そこから本質的に何を実現するのか描く必要があると考えています。 経営戦略を実現するために人事戦略を一貫する必要がありますし、人事戦略そのものが経営戦略の根幹となってきているとも言えます。 |
人材戦略に求められる
3つの視点・5つの共通要素
2020年、経済産業省によって『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~(※)』が公開されたことで、国内で人的資本経営が注目されるようになりました。本レポートでは、人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素が提唱されています。
▼人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素
画像引用元:経済産業省『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~』
ここからは、それぞれの視点・要素について解説します。
※2020年1月から経済産業省において実施された“持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会”による最終報告書の通称。
3つの視点
企業が人的資本経営を取り入れるために必要な3つの視点は、以下のとおりです。
▼3つの視点
- 経営戦略と人材戦略の連動
- As is - To be ギャップの定量把握
- 企業文化への定着
①経営戦略と人材戦略の連動
人的資本経営を目指すにあたっては、経営戦略と人材戦略を連動させることが重要です。
現在、企業を取り巻く環境の急激な変化によって、経営上のさまざまな課題が生まれていますが、これらは経営を支える人材の課題と表裏一体と考えられます。
持続的な企業価値の向上を図るには、企業理念やビジネスモデルにまで立ち戻り、経営戦略とのつながりを意識した人材戦略を立てることが重要です。
②As is-To beギャップの定量把握
次に、目標(As is)と現状(To be)とのギャップを定量的に把握することが重要です。目標と現状とのギャップを定量的に把握することには、以下の目的があります。
▼As is-To beギャップを把握する目的
- 人材戦略が経営戦略と連動しているかを判断する
- 人材戦略を定量的に評価してステークホルダーに開示・発信する
- 人的資本への投資効果を把握する
人的資本経営に向けて人材戦略を策定する際は、これらのギャップを把握したうえで、目指す姿をKPIで設定することが求められます。また、人材戦略を実行していく段階においても、ギャップを把握してPDCAを回すことが重要です。
③企業文化への定着
人的資本経営を実現させるためには、人材戦略を実行していくなかで、企業が目指す文化への定着を図ることも重要です。
企業文化は、日々の取り組みによって醸成されるため、人材戦略の策定段階からどのような企業文化を目指すのかを明確にしておく必要があります。
▼企業文化の定着化を図る取り組み
- 企業理念やパーパス(存在意義)、目指す企業文化を定義する
- 経営層と社員が企業文化について対話する場を設ける
- 企業文化を醸成する行動・姿勢を浸透させるために、昇格や報酬・表彰などの仕組みを導入する
5つの共通要素
人的資本経営の具体的な取り組みにあたっては、3つの視点と併せて5つの共通要素も必要とされます。
▼5つの共通要素
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- リスキル・学び直し
- 社員エンゲージメント
- 時間や場所にとらわれない働き方
①動的な人材ポートフォリオ
人材ポートフォリオとは、どのような知識・スキル・経験を持った人材が、どの部署に在籍しているのかなどを示したものです。動的とは、現況をリアルタイムで把握できる状態を指します。
自社に必要な知識・スキル・経験とは何かを整理する必要がありますが、刻一刻と変わり続ける為、まずは各人がどのようなスキルや経験を持っているのかを把握する取り組みから始めることが重要です。
動的な人材ポートフォリオを整備することは、経営戦略に合った理想の人材ポートフォリオとのギャップを把握するために必要な要素です。現状とのギャップを把握したうえで、自社に必要な人材要件を定義することで、人材の採用・配置・育成などを戦略的に行えるようになります。
②知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
人的資本経営では、個人の知・経験を尊重して、多様な価値観・経験・専門性を持つ人材を受け入れるダイバーシティに取り組むことが求められます。
また、ただ受け入れるだけでなく一人ひとりが尊重され、その独自性や能力が活かされることが大切です。これをインクルージョンと呼びます。
社員の多様な知・経験を活かすことで、イノベーションの創出やグローバル展開、人材の定着などにつながると期待できます。
③リスキル・学び直し
目まぐるしく変化するビジネス環境に対応するには、社員一人ひとりが持つスキルの転用や専門性の向上を図ることが重要です。
そのためには、社員自らが自分のスキルを理解し、不足しているスキルを理解した上で、キャリア構築やスキルアップに向けて、リスキル・学び直しに取り組める環境づくりが求められます。
社員のスキルや専門性を向上させることで、DXの推進による組織改革や付加価値の創出につながることが期待されます。
④社員エンゲージメント
社員エンゲージメントとは、社員の企業に対する愛着心や思い入れなどを指します。人的資本経営を通して経営戦略を実現させるには、社員の能力・スキルを最大限に発揮してもらう必要があります。そのためには、やりがいや働きがいを持って働ける環境をつくり、社員エンゲージメントを高めることが求められます。
社員にどのような体験をしてもらいたいのかを描き、推進することが重要であり、社員エンゲージメントに一喜一憂せずに、本質的な取組を目指すことが大切です。
▼社員エンゲージメントの向上を図る取り組み
- 幅広いポジションの公募を行う
- 副業や兼業などの多様な働き方を導入する
- 社員の健康維持・増進に向けた取り組みを行う
⑤時間や場所にとらわれない働き方
時間や場所にとらわれず、いつでも・どこでも働ける環境を整えることは、事業を安定して継続させるために欠かせない要素です。また、社員からの多様な働き方のニーズに対応することにもつながります。
リモートワークやフレックスタイム制などの制度を整備するほか、業務プロセス、コミュニケーションの取り方などについても見直しが求められます。
人材戦略に人的資本開示が求められる
人材戦略の策定にあたっては、人的資本の情報開示が必要とされます。人的資本の情報開示とは、自社の人的資本(人材が持つ能力)に関する情報を、データや指標を用いて提示することです。
ここでは、情報開示が求められる理由をはじめ、人的資本情報開示の19項目や人的資本情報開示のガイドラインとなる“ISO30414”について解説します。
人的資本の情報開示が求められている理由
人的資本の情報開示が求められている理由には、次の2つが挙げられます。
1つ目は、世界的なESG投資への関心の高まりです。ESGとは、Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)の頭文字を取った言葉です。
ESG投資は、企業の財務面だけでなくESGに着目して投資を行うことを指します。人的資本はESGのうち“Social(社会)”に該当しており、人的資本の充実度や成熟度は、中長期的な企業価値を見極めるための重要な情報となっています。
2つ目は、ダイバーシティ推進の必要性です。経営環境が変化する市場競争のなかで生き残るためには、多様な人材の活躍が求められます。そのため、投資家やステークホルダーに対しても、自社の人的資本に関する情報を開示する必要性が高まっています。
求められる19項目の人的資本情報開示
近年、これまで非財務情報として取り扱われてきた人的資本の情報について、開示する動きが見られています。
国内では、金融商品取引法や女性活躍推進法、育児介護休業法、労働施策総合推進法などの法律によって人的資本に関する事項の開示制度が定められています。
また、内閣官房においては、制度開示が望ましい事項として7つの分野で19項目を挙げています。
▼人的資本開示の19項目
分野 |
項目 |
育成 |
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エンゲージメント |
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流動性 |
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ダイバーシティ |
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健康・安全 |
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労働慣行 |
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コンプライアンス |
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内閣官房『人的資本可視化指針』を基に作成
ISO30414
ISO30414とは、国際標準化機構(ISO)によって制定された人的資本情報開示に関する国際的なガイドラインのことです。社内外のステークホルダーに向けて、人的資本の内容を報告するための指針がまとめられており、人材マネジメントに関する11領域の測定基準が示されています。
▼ISO30414の11領域
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 組織の健康・安全・幸福度
- 生産性
- 採用・流動性・離職率
- スキルと能力
- 後継者計画
- 従業員の可用性
人的資本経営を取り組むことによるメリット
――林さん、ここまでの話を鑑みると、組織としては相当な規模の改革だと感じます。これだけ大きな改革を実施することによって、組織にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか?
林:企業側のメリットとしてはやはり、求める人材・活躍してほしい人材を適切に採用・配置・育成しやすくなるところでしょう。
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人材に対する投資を行い、社員のスキルアップやキャリア形成を支援することで、多様な人材がそれぞれの能力を活かして、主体的・意欲的に仕事に取り組める環境が整備できます。
資本は人です。一人ひとりの能力、モチベーションが向上すると、組織全体の業務効率化が高まり、生産性の向上につながると期待できます。環境を整えることで社員エンゲージメントが向上すれば、離職率の低下にもつながります。
また、人的資本経営に取り組むことは、従業員だけでなく、株主や顧客、地域社会含むステークホルダーからの信頼につながり、企業イメージの向上に貢献します。その結果、企業価値が向上して、優秀な人材の確保やビジネスの発展・成長などの好循環を生み出すことが期待できます。
――林さん、人的資本経営を目指すうえでは、どういう順番で着手するとやりやすい、などアドバイスはありますか?
林:順番としてはまずは人事プロセスを束ねる“背骨“となる「人材マネジメントポリシー」の設定が必要です。 これがないまま始めてしまうと、採用・評価・配置・育成などを各部署が思い思いに施策を進めてしまい、施策がバラバラになりがちとなり、成果が出にくい状況が続きます。 |
人事領域の多様なテーマに一貫した対応ができていない
人的資本経営を実施するにあたっては、経営戦略と人材戦略を連動させて、一貫性を持たせる必要があります。しかし、人材戦略が経営戦略に紐づいておらず、多様なテーマに対して一貫した対応ができていないケースもあるのではないでしょうか。
ここからは、人的資本経営を実現するための人事領域での対策について解説します。
対策①|人材マネジメントポリシーを策定する
1つ目の対策は、人材マネジメントポリシーを策定することです。
人材マネジメントポリシーとは、経営戦略の実現に向けて、人材に対する方針や考え方を定めたものです。採用・育成・配置・報酬・評価などの人事領域の施策を考えるときの指針となるため、策定して組織全体で共有しておく必要があります。
▼人材マネジメントポリシーに定める主な項目
- 企業理念や組織のあり方
- 自社が求める人材(スキル、経験、職種専門性、性格など)
- 人材に求めることと企業として約束すること
人材マネジメントポリシーを策定することで、人事に関する制度や教育・能力開発の指針が明確になり、一貫性のある施策を検討できます。策定する際は、経営戦略とのつながりを意識して、整合性がとれているかを確認することが重要です。
対策②|人材配置・評価・育成に取り組む
2つ目の対策は、人材配置・評価・育成に取り組むことです。
社員一人ひとりの能力や強みを伸ばして、価値を生み出すために、人材の配置・評価・育成に戦略的に取り組む必要があります。人材ポートフォリオを基に、現状における人材の量・質を可視化して、必要な人事施策を検討することが重要です。
▼人材配置・評価・育成の施策例
- 社員の再配置または外部人材の活用を行う
- アルムナイ制度を導入する
- 留学やギャップイヤー(※)を経た学生の採用制度を設ける
※大学への入学前・卒業後などに社会体験を行う期間
対策③|人材ポリシーを踏まえた人事プロセスを設計する
3つ目の対策は、人材マネジメントポリシーの内容を基に、人事プロセスを設計することです。
人材マネジメントポリシーを踏まえて、現状の取り組みと相違がある点、人事施策の問題点などを洗い出して、あるべき姿の実現に向けて採用や評価、育成などの人事プロセスを再設計します。また、日頃のマネジメントを通して課題が見つかった場合には、プロセスの見直しを図ることも重要です。
人材マネジメントポリシーの策定や人事プロセスの設計が難しい場合には、人事戦略についてサポートしてもらえるコンサルティングサービスを利用する方法もあります。
まとめ
この記事では、人的資本経営について以下の内容を解説しました。
- 人的資本経営の概要
- 人的資本経営に求められる3つの視点・5つの共通要素
- 人的資本の情報開示が求められる理由と開示項目
- 人的資本経営を取り組むことによるメリット
- 人材戦略と経営戦略を連動させて取り組むための対策
人材を資本として捉えて積極的な投資を行うことは、社員一人ひとりの能力を引き出して、中長期的な企業価値を高めるために欠かせない取り組みといえます。
近年では、国内外における人的資本に関する情報開示の動きが進んでおり、ステークホルダーに対して人材戦略の取り組みを発信していくことが求められています。
人的資本経営に取り組む際は、経営戦略と連動させた人材戦略を策定・実行していくことがカギとなります。そのためには、人材マネジメントポリシーを作成して、それを踏まえた人事プロセスを設計することが重要です。
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